スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バルセロナの「正方形の中心に入れ込むパス」「動かない技術」 

2011年10月26日配信のメルマガより抜粋

 先週末の22日、バレンシアから日帰りでバルセロナに向かい、リーガ第9節のバルセロナ対セビージャの試合を観戦してきた。試合は周知の通り、セビージャのGKハビ・バラスの活躍で0-0の引き分け。バルセロナにとっては「勝ち点2を落とした試合」となった。

 カンプ・ノウで俯瞰的にバルサのサッカーを見られるということで、今季からグアルディオラ監督が使っている1-3-4-3のシステムがどのように機能しているのかという点、バルサのポゼッションが並のチームのそれと比べてどう違うのかという2点をチェックすべく試合に臨んだ。

 セビージャ戦でのバルセロナの布陣はGKバルデス、DFアウベス、マスチェラーノ、アビダル、MFシャビ、ケイタ、イニエスタ、チアゴ、FWアドリアーノ、ビージャ、メッシ。ケガ明けのセスクはベンチ入りしたものの先発からは外れ、ダイヤモンド型の中盤の頂点にはイニエスタが入った。

 セビージャは予想通りマヌ・デル・モラルの1トップで、彼のスピードを活かしたカウンターのみがバルセロナにとっての脅威であったため、グアルディオラは前半途中でアドリアーノを左サイドバックに下げ、システムを1-4-3-3に変更した。

 4バックとはいえ、実質的には2バックで1トップのマヌを見るシステム。安定感は3バックの比ではない。やはり3バックの時はいくらスピードのあるマスチェラーノがセンターにいるといえども、相手が1トップで来た時には1対1となるため、3バックはあまりにハイリスクだった。

 ただし、前半途中からいきなりシステム変更するバルセロナの柔軟性ある戦いぶりを見ながら、改めて現代サッカーにおいてシステムを語ることに大した意味はないことを確認した。そしてグアルディオラがあえて守備バランスの崩れる1-3-4-3に挑戦している理由は、状況に応じたシステムのカスタマイズを、選手自らの判断で行なわせたいからではないかと感じた。

 システム変更というと監督が対戦相手や戦況を見ながら指示を出して行なうものだったが、おそらく今季中にバルサは流れや局面に応じたシステムの最適化能力を身につけることになるのではないか。

 前半のうちに1-4-3-3システムに変わったバルサは、メッシを右サイドに置き、ビジャがセンターフォワードに入った。セビージャがコンパクトなラインを保ちながらバイタルエリアを連動性を持って消してきたことから、通常とは異なる前線の配置にしたのだと予想するが、目についたのはセビージャが作る2ブロックの中でできる正方形の頂点に陣取るポジショニングの巧みさだ。

続きはメルマガ本文にてどうぞ!

スポンサーサイト

小澤’s アイ 「久保くんは心配ない/バルサ、秀逸な“仕上げの育成”とは」  

2011年10月26日配信のメルマガより抜粋

――早くも日本に戻られたそうですね?

小澤 はい。わずか1週間のスペイン出張で今朝日本に戻りました。コーディネートの仕事で行った今回の出張では、マドリッド、バレンシア、アリカンテ、バルセロナの4都市に滞在しました。

 試合は、チャンピオンズリーグのレアル・マドリード対リヨン(4-0)、リーガのバルセロナ対セビージャ(0-0)、バレンシア対ビルバオ(1-1)と、久保健英君の所属するバルサのアレビンCの試合(2-0)、それから2部Bのウラカン・バレンシア対マナコールの試合(0-2)を見てきました。

――久保君のプレーはいかがでしたか?

小澤 まだアレビン(U-12)カテゴリー、10歳の少年ですし、選手としてどうこう評価する時期ではないと思っています。ただ、「バルサが獲得するほどのタレント」であることはよくわかりました。

 アレビンは7人制サッカーでバルサは1-3-2-1のシステムで戦っていました。久保君は1トップのセンターフォワードでの先発で、その後中盤でもプレーしました。ボールを持った時のスキル、キープ力、ドリブル突破はバルサの選手の中でも頭一つ抜けている印象です。

 ただ、日本と違って選手たちの球出しのタイミングが遅いので動きすぎてしまって1トップの場合、上手くボールを引き出せていない印象も受けました。日本では、久保君が見えた瞬間に周囲からタイミングよくボールが入っていたと思います。が、スペインではバルサの選手であっても、1対1での仕掛けや普通にパスを出さずに何かしてやろうという意図があります。

 球離れとしては悪くないのですが、日本での早い球出しに慣れている久保君にとってはコンマ何秒かのずれが生じていました。そのずれの時間分、サイドに流れたり動きを止めずに惰性で引いてしまうことが多かったので、余計にパスが出て来ません。その辺は今後の課題なのかなという感じで見てはいました。

 とはいえ、フリーキックを蹴ったり、0-0のままもつれ込んだ終盤で再度起用されたりと、アレビンCの中で中心選手であること、監督からの信頼が厚いことは確かでした。




(C)Ichiro Ozawa





――その試合ではNHKスペイン語講座の取材班が久保君を追っていたそうですね?

小澤 前にも話した通り、この世代に対するバルセロナのプロテクト、取材規制は相当なものですから、試合に日本のテレビカメラが入っていたのには驚きました。「サッカー番組ではない」ということでクラブが許可したのだと思います。ただ、取材陣には警備スタッフが張り付いていて、あまり度の過ぎた撮影をしようものなら同じく試合を観戦していた下部組織責任者のギジェルモ・アモールからNGが出ていました。

 取材陣の一人が試合観戦していた久保君のお母さんに近づき何か相談していましたが、久保君はもちろんのこと、家族に対してもマイクは向けてもらいたくないですね。まあ、その辺はクラブが徹底的にプロテクトしているでしょうから心配していません。

――そういえば、先週20日に新しいラ・マシア(選手寮)の落成式がありました。

小澤 時期的に遅い気はしますが、地元ローカル局をはじめ複数の局が20時からその模様を生中継し、世界中に配信されるなど、ととにかく盛大な式典でした。とはいえ、式に出席したトップチームの選手たちの私服がイケてなさ過ぎてそこはほっとしました。メッシ、シャビ、プジョル、イニエスタの私服姿はもはや鉄板ですね。

――9月のスペイン取材でそのラ・マシアに潜入取材されたそうですね?

小澤 ラ・マシアのディレクターであるカルレス・フォルゲラ氏にインタビューしました。ラ・マシアの1階にある応接室で取材させてもらいましたが、中は見せてもらえませんでしたし、建物内での写真撮影もNGでしたので「潜入」と呼ぶまでの取材はできませんでした。ただ、新しいラ・マシアでの取材ということでは日本人初だったのかなとは思います。インタビューは『サッカークリニック』で掲載予定ですから来月売りの号をチェックして下さい。

続きはメルマガ本文にてどうぞ!

J1大宮撃破の立役者  牟田雄祐(福岡大3年&U-22日本代表候補)インタビュー  

2011年10月20日配信のメルマガより抜粋


(c)Fito Gonzalez





 先週のメルマガにて、大宮アルディージャを破った福岡大学のことを取り上げた。今週は、同大3年のDF牟田雄祐が17日からのU-22日本代表合宿に招集された吉報を受け、試合後の彼へのインタビュー取材分を掲載したいと思う。

 長身からの競り合いの強さのみならず、1対1やフィードの安定感もあり、何よりチームをまとめるリーダーシップを持つ。彼は福岡大サッカー部の強化プログラムである「スペイン研修」を2年連続経験しており、私もここ2年、オサスナ、エルクレスでの練習参加をサポートしているので、同大サッカー部在籍選手の中では最もよく知る選手の一人だ。

 1年時からレギュラーを獲得し、全国制覇を経験。それに伴いU-21日本代表にも選出され、2010年5月にはトゥーロン国際大会も経験している。9月にU-22日本代表のアジア最終予選(対マレーシア戦)を取材した際、福岡大の練習見学に出向き、彼とも話したが、「(2年時の)昨年はケガもあってコンディションが良くなかったですが、一番は1年でいろいろなことを経験しすぎて舞い上がっていた面もあります」と昨年の不調の原因をしっかりと自己分析できていた。

 今季は3年生ながら副キャプテンを任され、『ポスト・永井』のシーズンとしてゼロからの再出発をはかる福岡大学を引っ張っている。大宮戦のハイパフォーマンスは、U-22日本代表入りを後押しするものだった。以下、10日に行なわれた天皇杯2回戦の大宮対福岡大の試合後(1-1からPKで福岡大の勝利)の牟田との一問一答。


――苦しい展開になるという予想はあったと思いますが、乾監督からゲームプランはどのように聞かされていたのですか?

牟田 やっぱり(失点)ゼロでどれだけ長い時間いくか、勝負を後半まで持っていけるかというプランでした。最近は前線にケガ人が多くて、攻撃の手数が少ないのでしっかり守ってそこで一発を狙おうということでした。ゲームプラン通り、と言えばその通りです。

――引いて守る意識になると球際で厳しくいけなくなることもあると思いますが、しっかりいけていました。

牟田 そうですね。(夏の総理大臣杯一回戦の)国士舘戦であれだけ引いてやって、はまらないわけではないですけど引いて守ると自陣のゴールにも近いのでそこはいきながら調整する。ラインも上げながら、いい守備ができたと思います。

――そういう意味でのラインコントロールは良かったです。

牟田 下がって守るだけでは、ずっと攻撃されるだけなので。自分たちからしっかり仕掛けていこう、という意識はありました。

――2009年の天皇杯で福岡大は水戸を破り、ガンバ大阪に敗れたとはいえ大学生としては大健闘と呼べる戦いぶりでした。J1との対戦経験があるからこそ、今回のラファエルとのマッチアップもある程度冷静にプレーできたのではないですか?

牟田 ガンバ戦は無我夢中であまり覚えていなかったのですが、今日はしっかり周りも見えていたし、どこに来るかもわかったので落ち着いて対応できたとは思います。

――延長戦後半のヘディングのクリアは素晴らしいものでした。シュートの軌道は読めていたのですか?

牟田 あそこしかない、あそこに入っておけば大丈夫とは思っていました。上を狙われたらきついとは思いましたけど、(イ・チョンスが)切り返しを入れて、僕のことを見えていないと思ったのでそこは読みが勝ったというか、対応できました。

――乾監督は「ここまでやってくれるとは」と驚いた様子で話していましたが、選手側はどうだったのでしょう?

牟田 やっぱり先週の練習でFWの山崎(凌吾)がケガをしてしまって、チームは落ちそうだったんですけど。監督もちょっとヤバイというか「いけそうにない」という感じだったんですけど、そこで選手全員が「やってやろうや」という感じで流れに乗れたのが良かったと思います。


続きはメルマガ本文にてどうぞ!

「18歳は、入り口に立っただけ」 乾眞寛(福岡大サッカー部監督)×小澤一郎対談<後編> 

2011年10月12日配信のメルマガより抜粋

(C)村上裕志



小澤 U-22代表を取材していて思いますが、特に主力の永井謙佑、清武弘嗣、東慶悟、山村和也、大迫勇也、そして沖縄出身ですが比嘉祐介を含めて九州出身の選手が6選手いますが、彼らは本当にきっちりメディア対応できますね。山村を筆頭に、清武も永井も対応できるようになってきました。

 チヤホヤされていますが、舞い上がっていないと感じます。九州出身だからというより、いろんな挫折を踏まえてきているからだと思っています。乾監督はこの6選手をユース時代から見てこられたということで、そのお話について聞かせていただけますか?

乾 めぐり合わせで彼らは同じ代表チームでやっていますが、どういうカテゴリーを経てここにたどり着いたかを整理します。

 まず東は大分ジュニアユース、ユースですが清武は中学3年のときに大分ジュニアユースに入っているんです。中学1年、2年は町クラブでやっていました。そして大分JYに入ったときに、U-17代表を率いていた吉武監督と出会っているんですよね。

 振り返るとその出会いが非常に大きかった、と本人もご両親も言っています。清武はそのまま地元のJクラブに行ったということですが、東は北九州の出身ですからいわば県外に越境しています。それから永井に関しては中学、高校、大学とJのラインには絡んでいません。

 山村は国見から関東の流通経済大に行きましたが、高校時代はセンターバックでした。今でこそ転がすパスを蹴っていますが、当時は全部浮いたパスを前に蹴っていました(会場笑)。人間変わるものだなと思いましたし、そんな才能があることを僕は当時見抜けませんでした。

 本当に育ってきた過程が違うしいろいろなカテゴリーを経由していますが、今この年齢でU-22代表にいることで満足している、お腹いっぱいになっている選手は1人もいないと思います。その部分は今回の代表チームの特徴だと思います。

 これまで過剰な報道でスター気取りで勘違いし、実際はJでもレギュラーを取れないまま勘違いでクビになってしまった選手がいた中、今の代表チームの選手たちは騒がれても自分を見失っていない。宮市や香川、宇佐美を含め同世代の選手がヨーロッパでやっていますし、最終的な目標は五輪ではなく2014年ワールドカップがもう一つ先にある。

 ここを一つのステップにして次の目標があると考えているから、決して今に満足していないのではないかと考えています。また九州の子たちは、これを言うと関東関西の人に申し訳ないんですが(笑)スレてないんですよ。サッカーに対する純朴な姿勢があり、素直な思いをそのまま持っている。

 関東関西の人口の多いところで何百人何千人乗セレクションを受け、ユースチームに所属するとそれだけでご両親が舞い上がってしまう方はいっぱいいるんですね。それでJユースや高円宮杯で上位に行きながら、気がついたらそのユースからトップへ1人も上がらない。「どうしちゃったの?」というところですよね。

 育成を18歳のピラミッドの一番上と考えると、「よくぞ18歳まで来ましたね」となる。だけど私や小澤さんの見方だと、「まだ入り口に立っただけでしょ」と。ここから本物のプロになりワールドカップに行くまで、何段階も淘汰されるテストの場があるわけです。なのに、まるで18歳で育成が終わってしまうかのようなコメントが多すぎると思います。

 日本の18歳なんて、昔の中学生と同じだと思います。それぐらい精神年齢が低いし、骨格も弱いし基礎体力も落ちています。18歳で完成される選手はごくわずかで、Jリーグに行って即活躍できる選手は極めて少ないのではないかと思いますね。

 だからこそ、18歳以降のタレントをどう次のステップに進ませるかということが極めて大事なのではないかと思いますね。

続きはメルマガ本文にてどうぞ!

「ザッケローニは相当なものを持っている」 育成指導者から見たタジキスタン戦  

2011年10月12日配信のメルマガより抜粋

(C)Lisa Inoue





 11日に行われた日本対タジキスタン戦は、当メルマガで何度も登場してもらった育成指導者の徳永尊信氏と一緒にテレビ観戦した。

 8-0というスコア以上に、基本的な個人戦術が抜け落ちているタジキスタンの選手たちの質の低さから試合のポイントや戦術的分析ができない試合ではあったのだが、試合終了後にタジキスタン戦をスタートラインに様々なテーマについて語ってもらった。

徳永尊信(とくなが・たかのぶ)
1975年7月生まれ。東京都足立区出身。スペインサッカー協会公認指導者ライセンスのレベル2取得。東京の地域のクラブからコーチを始め、5年間の高校サッカー指導の後、新たな経験の場を求め2004年8月に渡西。スペイン・バルセロナにてサッカー指導者として5年間活動する。2010年から南米エクアドルのバルセロナSCでU-18の監督、ユースカテゴリー統括を兼任し、2011年4月に帰国。ブログ「サッカーのある人生を



――タジキスタン戦は8-0での大勝でした。まずは率直な感想をお願いします。

徳永 タジキスタンはシリアが失格となったことからいきなり3次予選への参加が決まったということですが、どれだけ準備をしてきたのかという点では疑問が残りました。

 また、今日の試合を見ていると、サイドにずれていくとか、ボールに寄せるところとか、チームのコンセプトは関係ないところでの個人戦術が皆無に近かった。選手はそれまでサッカーを何十年をやっているはずだから、修正してくると思ったのですが、まずボールに全く行かないというところは信じられなかったです。

 キックオフ直後に日本が前からプレスに行って、ボールを奪った時点でタジキスタンとしてはお手上げだったんじゃないかと思います。尚且つ、サイドに全くプレッシャーをかけず、そこから自由にクロスを上げられる。かといって空中戦ではハーフナーを中心に全く勝てなかったので、そこでもう試合を諦めていたのかもしれません。

――選手、監督も含めて日本側からすれば最初5分くらいでこの内容、スコアは予想できたのではないですか?

徳永 開始直後の時点で自由にクロスは上げられる、ペナルティエリア内で自由にフィニッシュができるということでその感覚はあったんじゃないかと思います。日本代表の選手にとっても、意外だったんじゃないかなと。ここまで相手が来ないというのは、日本の選手も不思議だったと思いますよ。

――この試合に関しては、先につなげる云々よりも割り切って大勝したということで終わらせる方がいいですね?

徳永 そうですね。でも、これまで出場時間が短かったハーフナーが出て、そこで点を取って結果を出しました。また違ったタイプのFWが出てきたというのは、日本代表にとって本当に大きいんじゃないかと思ってます。

――この試合ではタジキスタンが完全にドン引きして、スペースがない中にターゲットとしてのハーフナーという意味で彼の存在が活きたし、結果も出しました。ただ、ある程度組織や個人の戦術がしっかりしている相手で、きっちりバイタルを消してくる相手に対してもハーフナーは有効なFWだと思いますか?

徳永 ペナルティエリアの部分だけ見ると、目安が立ったんじゃないかと。ただ、結局このゲームだけを見て中盤の組み立てに参加するとか、トップとして起点になるとかいう点は評価できないと思います。そういう場面が1つもなかったですから。

――日本が世界の強国相手に勝つためには、1トップであっても中盤に引いて組み立てに参加する方がいいと思いますか?

徳永 今の世界のサッカーの流れで、くさびに頼ったサッカーは少なくなってきています。特にハーフナーのようなFWになるとくさびではなく、ゴール前で飛び込む迫力、そこをストロングとして使っていく方がいいと思います。くさびのポストプレーに期待するよりもゴール前での高さ、迫力に期待すべきでしょう。

――くさびに頼るサッカーが少なくなってきているというのは具体的に?

徳永 要するに、両サイドを高い位置に置いて、ポイントをサイドにずらしているのと、斜めにボールを受けるというのが主流になっています。

――縦のラインで丁寧につなぐというよりも一度サイドに散らして、相手の守備をずらした上での攻め方が多くなっていると?

徳永 はい。それと同時に、中盤でできるだけ角度をつけて斜めのパスをもらって前を向くサッカーが増えてきています。一回くさびを当てて、後ろに戻して中盤の選手に前を向かせるというよりは、ビルドアップの段階で角度のつけたパスを使って中盤より前の選手に前を向かせるサッカー、組み立てが多いです。

――そういう受け方ができる選手、技術が出てきたということですね?

徳永 そうです。くさびに頼ったサッカーをすると、逆にディフェンスにとっては狙いやすいポイントとなりますから。この試合でも、バイタルエリアのところ、相手の1アンカーの横のスペースにスコンスコンボールが入っていて、そこで自由に前を向かせてくれていました。

 タジキスタンのDFラインは前を向かれるからその場で釘付けとなって当たりにいけないし、しかもサイドで長友と駒野の両サイドバックがどんどん上がってくるから対応できませんでした。

――2列目関係性、横軸の流動性はどう見ていましたか?

徳永 ボールへのプレッシャーがなかったので、2列目の選手はいくらでも飛び出して行けたし、そのタイミングを合わせるための時間がいくらでもありました。中村、香川はその状況を使って自由にプレーしていましたし、その点は良かったと思います。ただ、逆にそういうように自由にやらしてくれるチームはなかなかないので、この試合は特別という見方をした方がいいでしょう。



続きはメルマガ本文にてどうぞ!

乾眞寛(福岡大サッカー部監督)×小澤一郎対談<前編> 「特別な才能をつぶさず、どう開花させるのか」  

2011年10月05日配信のメルマガより抜粋


(C)村上裕志



小澤:私はスペインにいて、Bチームが2部や3部でプレーし、真剣勝負をしないと通用しない環境を見てきました。Jリーグでは「そういう環境がないのが問題だ」と言いつつ、ではどれだけその取り組みをしているチームがあるか。アビスパ福岡と福岡大学の関係は、これからのJリーグでモデルケースになり得るのではと思っています。その協力関係や選手を貸し出す仕組みを教えていただけますか。

乾:私がそういう姿勢を持つ大元になったことについてお話させていただきますと、Jリーグ発足の前年である1992年、田嶋幸三さんの紹介でバイエルン・ミュンヘンに丸1年間行き、プロが始まる前に研修しようということで勉強しました。

 トップチームは練習も見られますし試合も見られますが、直接サポートとして入れてもらったのは「バイエルン・アマチュア」というセカンドチームでした。3部や4部にいるチームで、U-18から上がった選手はここに入ります。

 トップチームから要望があると、選手はすぐ上にあがり、週末のゲームに出られる。逆にトップに上がったけれども出番のない若手はアマチュアに行き、そこで3部から4部の試合に出るわけです。

 U-18ドイツ代表といった選手がゴロゴロいるわけですが、ほかにもいろんな国からたくさんの選手が来て、競争して淘汰されるわけです。本物のプロになったやつしか上がっていけない。

 その模様を丸1年間見させていただいて、Jリーグが開幕した1993年の冬に日本に帰りました。その時は「浦島太郎」状態でしたね。「日本サッカーはどうなっちゃったの?」というぐらい、博多の森でも試合のチケットがプラチナチケットになった。私は、強豪国の選手育成その根幹を見てきたわけです。「これが長続きするわけがないよね」と思って見ていました。

 当時の浦和レッズには、選手が60人ぐらいいて、高校生はみんなそのままJに上がりました。しかしその後起きたことは、20歳そこそこの選手の大量解雇です。何ら教育されず、プロとは何かを知らずに飛び込んで、切り捨てられる選手たち。

 しかしその層は、日本のサッカー界でいくと明らかに「タレント」と呼ぶべきなのです。そうであったはずなんです。しかし彼らを使わず、ゴミ箱に捨てる流れがあった。何とかしないといけない、と思いました。


続きはメルマガ本文にてどうぞ!

ジョセップ・クロテットが語るスウェーデンの育成事情 

2011年09月29日配信のメルマガより抜粋



(C)Ichiro Ozawa




――まずはスウェーデンでの経験について聞かせて下さい。

クロテット 全体的にはポジティブな経験で、サッカー的な変化をリアルかつ劇的に経験することができました。スウェーデンという国は歴史的、文化的にイングランドサッカーの影響を大きく受けてきているのですが、近年はロングボール主体のダイレクトサッカーからの脱却を試みています。

 そうなっている大きな理由の一つとしては、ボスマン判決以降、欧州サッカー界にはEU圏内における国境がなくなり、選手の移動が自由になったことが挙げられます。

 どういうことかというと、優秀な選手は国籍を問わずイングランド、スペイン、イタリアといった主要リーグのクラブに買われていく流れができていて、スウェーデンの代表選手はそういう流れで国外に移籍していきます。スウェーデンの国内リーグはお世辞にもレベルが高いとは言えませんが、その流れの中で各クラブはいい選手を育てて国外クラブに売ろうと必死に努力しています。

 いい選手を育てるためには、いいサッカーをしようとする必要があります。ロングボール一辺倒のサッカーよりも最終ラインからパスを回してつなぎ、攻めこむサッカーの中で育った選手の方がレベルや適応力は高くなりますから、スウェーデンでもそういうサッカーを目指すクラブが多くなっています。

 また、移民の影響もあって、スウェーデンはシリアなどのアラブ諸国やトルコ、バルカン半島からの移民が多い。異なる国、文化から来た移民2世や3世がスウェーデンで小さい頃からプレーすることで、国内サッカーの質の変化も急速に進みつつあります。それはドイツなど欧州の他国を見ても明らかです。

 例えば、イブラヒモビッチは両親がバルカン半島出身の移民2世です。私がスウェーデンで最初に働いたクラブはマルメFFという強豪クラブなのですが、私に声をかけてくれたローランド監督はヨーロッパナイズされたモダンサッカー、いいサッカーを展開しようとしていました。

続きはメルマガ本文にてどうぞ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。