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選手権での久御山旋風から考えるこれからの高校サッカー  

2011年01月12日 通巻第24号より抜粋

(c) Ichiro Ozawa



 年末30日から行われていた第89回全国高校サッカー選手権大会は、滝川第二高(兵庫県)の初優勝で幕を閉じた。今大会を見ていて思ったのは、日本の高校サッカーといえども世界のサッカーのトレンドや流れに沿っており、もはや「高校サッカー」「選手権」という枠で切り取って見ることはできないということ。スペイン代表とバルセロナの成功で、ボールを大切にするパスサッカーが世界的なトレンドであり、成功率の高いショートパスを主体にエネルギーロスを少なく相手陣内に入っていくサッカーが「ロジカルなもの」と再認識されているのは説明するまでもない。選手権のような大会でも、その傾向は見えた。

「ダブルブルドーザー」と呼ばれたFW樋口寛規とFW浜口孝太の強力2トップを擁する滝川第二は、11名のみならずベンチ入りの20名、大会登録の25名まで個人能力が高かった。チームとしての総合力では、大会参加チームの中でも1、2を争うもの。優勝はある意味順当だったと思うが、今大会の久御山高(京都)がみせたインパクトは優勝した滝川第二以上のものではなかったか。ここでは、久御山が大会で巻き起こした旋風を振り返りながら、これからの高校サッカーについて考えてみたい。

 京都勢の決勝進出は1992年、プレースタイルもルックスも超高校級だった石塚啓次(元ヴェルディ川崎)擁する山城以来18年ぶり。その翌年(93年度)に京都市出身の私は高校生となったが、それから京都の高校サッカーはレベルダウンし続けていった。理由は複数あると思うが、大きいのは93年にJリーグが発足し、いい選手がJ下部組織に引き抜かれるようになったこと。また、京都という独特の地域性もあると私は考えている。

 一般的に京都の人間は、京都へのこだわりを強く持つ。プラスに見ると伝統や風習を重んじる、マイナスに見れば外に出ようとせず内向きな性格がある。言ってしまえば閉鎖的な都市で、学校の部活というさらに閉ざされた環境の中で閉塞感が漂っていたのが京都の高校サッカー界だった。指導者も京都生まれ京都育ちが多く、縄張りやライバル意識が他府県以上に強い。トレセン活動などでも、協力体制が生まれにくい土地柄だった。

 その結果、京都の高校サッカーは早くから群雄割拠の戦国時代に突入し、毎年選手権出場校が入れ替わる低レベルな覇権争いが続いた。昨年までの5年間、高校選手権出場校は全て異なる。必然的に、優秀な選手は京都の高校に行くことを避けるようになり、県外の強豪校に行くケースが激増した。一番の例が、鹿児島実業高(鹿児島)を選んだ松井大輔(グルノーブル)だろう。今大会も優勝した滝川第二のMF谷口智紀は京都の紫光SC出身だが、滝二に越境入学している。近年もいい選手はJ下部に行く傾向にあり、家長昭博(マジョルカ)、宇佐美貴史(ガンバ大阪)は京都の長岡京出身ながら早くにガンバ大阪へ移籍している。

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