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【 @ichiroozawa】「クラマーさんは、きっと嬉しいだろうなと」 明石真和氏(駿河台大学教授)が語るデットマール・クラマー 

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第113号(2012年10月11日配信号)より抜粋※


 8月3日の第104号にて「日本サッカーの父」ことデットマール・クラマー氏の独占インタビューを掲載した。そのインタビューの取材協力と翻訳を受け取ってもらったのが、駿河台大学の明石真和教授である。ドイツサッカーに精通する明石先生は、『栄光のドイツサッカー物語』(大修館書店)の著者でもある。
 
 今回、クラマーさんに関連する一連の取材をするにあたって中条一雄・著『デットマール・クラマー、日本サッカー改革論』(ベースボール・マガジン社)を参考文献とさせて頂いた。朝日新聞の記者として読売新聞の牛木素吉郎氏、産経新聞の賀川浩氏らと共にサッカー記者の草分け的な存在として長年日本サッカーメディアを支えてきた中条氏のクラマー本は実に読み応えがあり、記録的価値のある内容だった。ある意味で、クラマーさんの自伝が存在したとしても、それを超えるだけの書籍に仕上がっていると思う。
 
 その本のための2、3回目のインタビューを通訳としてサポートしたのが明石先生であり、今回は明石先生自身にインタビューを行なった。クラマーさんのキャリアを知らず、中条氏の著書も目にしたことがなければわからない人物や出来事もあるかもしれないが、その時には今尚輝くクラマーさんの言葉に耳を傾けるべく『デットマール・クラマー、日本サッカー改革論』を手にとって読んでほしい。
 
 特に、1964年10月、東京オリンピック閉幕の翌日にクラマーさんがお別れパーティーのスピーチで残した「日本を去るに当たっての五つの提言」は約50年も前のスピーチでありながら、今でも日本サッカー界全体として共有しなければいけない大切な提言である。


――クラマーさんとの出会いのきっかけを教えてください。
 
 明石真和氏(以下、明石氏) ビバ! サッカー研究会を通じて牛木素吉郎先生、中条一雄先生という流れで自然にお会いしました。僕は毎年のようにドイツに行くので、中条先生から、「クラマーさんの本をぜひ作りたい」ということで通訳を務めました。途中まで取材をなさっていたのは知っていたので、その続きをやりたいのでということで、「喜んでいくらでも協力させていただきます」と。2005年、2006年あたりのことだと思います。
 
――クラマーさんの第一印象は?
 
明石氏 当然、幼い頃から存在は知っていました。その前にも個人的には何度かお会いしているので、「相変わらずお元気ですね」という感じでした。
 
――2005年となると、クラマーさんもご高齢ですよね?
 
明石氏 80歳ですね。ただ、その時に初めてお会いしたわけではなく、個人的に確か95年だと思うのですが、(フランツ・)ベッケンバウアーが50歳になって、ドイツでチャリティー試合があり、そこに釜本(邦茂)さんも参加して、私が現地で偶然、臨時で通訳を務めました。
 その時にクラマーさんもいらしたので、「いつかインタビューさせてください」とお願いしたら、「いつでも取材に応じる」という話をして下さいました。クラマーさんがどこまで覚えてくださっていたかはわからないですが、その意味ではスムーズに行けたかなという気はします。
 
――日本サッカーの礎を築いたクラマーさんの提言は40年、50年経った今でも生き続けています。
 
明石氏 軸がブレないというのが一番印象に残っています。50年前に言っていたことが今でもキチッと当てはまります。面白い話があって、95年私は(ヘルムート・)シェーン監督の本を訳していたのですが、釜本さんに「シェーンさんとクラマーさんの違いはありますか?」と聞いたら、「同じや」と言っていたのを覚えています。
 クラマーさんは、シェーンのコーチングを受けたことがあるのですが、彼らは全く同じだと。共にケルンスポーツ大学でやってきた基礎というのは(ゼップ・)ヘルベルガーの理論なのですが、それが違う指導者なのに軸が全くブレていない。その辺りはさすがドイツだなという気がしましたね。そういうことも印象に残っています。
 
――他に印象に残っていることはありますか?
 
明石氏 実は中条先生が本に書かれていないことがありまして、クラマーさんは有名な方なので、いろいろな本が送られてきます。その中で、どこかの大学の教授がサッカーの戦術について、医学論文のような厚い本を書きました。するとクラマーさんは、「こんなものが送られてきたが、クソ食らえだ!」と言って叩きつけたんです。あれはすごく印象に残っていますね。「ただ単に戦術を並べただけだ」と。
 その反面、いい本だと持ってきたのがエルンスト・ハッペルの本なんですよ。僕も偶然この本を持っていたのですが、ハッペルはオーストリア出身の監督でフェイエノールトで1969―70シーズンに初めてオランダのチームがチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)を取った時の監督です。

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第113号(2012年10月11日配信号)より抜粋※

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