スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スタイル確立は「評価される/されない」以前の問題 森田泰史(オビエド06所属)インタビュー(1/2)  

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第117号(2012年11月08日配信号)より抜粋※


(c)Ichiro Ozawa





 バレンシアでスペインサッカーに挑戦している中原健聡選手に続き、今回は現在アストゥリアス州のヒホンでスペインサッカーへの挑戦を続けているのが森田泰史選手を取り上げる。今季でスペイン5シーズン目を迎える彼は、現在スペイン5部のオビエド06でプレーしている。日本人の目から見ても「小柄」な彼は、大柄なスペイン人の中に入るとより一層「バヒート(小人)」に映る。


 しかし、そんな森田選手がスペインで4シーズンも戦い抜き、チームを転々としながらも毎年しっかりと所属クラブを確保できているのは、彼がサッカー選手としてのスタイルを確立し、ピッチ上でそれをしっかりと表現できているからである。また、同時にスペインのみならず海外のサッカーシーンであれば当たり前のように求められる球際の強さ、フィジカルコンタクトを怖れない姿勢を示すことができているからでもある。


 実は彼との出会いは、2010年春に行なわれたMIC(地中海国際サッカートーナメント)でFCトリプレッタのアテンド通訳を一緒に行なった時だった。宿泊先のホテルで同部屋となり、サッカー談義をするにつれ、彼の頭脳の奥に整理されたサッカー観や言語化への努力に惹きつけられるようになり、帰国後も彼のツイッターやブログをチェックしながら挑戦を陰で応援していた。


森田泰史のツイッターアカウント


https://twitter.com/YasushiMorita15


ブログ「バルセロナサッカーを吸いたい!」


http://ameblo.jp/barcelonanosyasou/


 今回、『Foot!』のスペインロケでオビエド郊外にあるクディジェーロというテルセーラ(スペイン4部)のクラブでプレーする日本人選手の取材をした際、その日本人と仲が良いということでヤス(※森田選手の愛称)がひょっこり姿を見せてくれ、ロケ取材の合間をぬってメルマガ用のインタビューに応じてくれた。


 喜怒哀楽の感情を全面的に押し出すほどラテン化していないヤスだが、日本人らしく秘めた闘士と冷静かつ整理された思考で、着実に人間としての歩みを進めている。そんな彼の言葉にもぜひ耳を傾けてもらいたい。


【プロフィール】森田泰史(もりた・やすし)

1986年1月、東京都生まれ。スペイン、ヒホン在住。東京都立立川高等学校→JAPANサッカーカレッジ(JSC)。2007年にJSCを卒業後、単身渡西。バルセロナで3年半を過ごし、11年からヒホンに活動拠点を移す。スペイン9部という底辺から挑戦を始め、現在スペイン5部でプレー。“世界一”の大国で、フットボールの本質と原則を追求している。座右の銘は「意思あるところ必ず道あり」。


 

 

  

――スペインでの活動状況を教えてください。


森田泰史(以下、森田) スペインに来て5年目を迎えました。現在は5部に当たるカテゴリーのオビエド06というチームでプレーしています。創立してから間もないクラブで、練習場も転々としています。

 ヒホンには昨シーズンから来ていましたが、去年のチームでのプレーをオビエド06の監督兼スカウトの人がたまたま見てくれていました。今年のプレシーズンが始まる時に、「うちでプレーしないか?」という電話をもらい加入しました。僕は直接面識がなかったのですが、連絡先を関係者に勝手に聞き出してかけてきたみたいです(笑)。


――去年も5部のクラブでプレーしていたのですか?


森田 去年は今よりもひとつ下の6部です。


――昨年、カタルーニャ州のバルセロナからアストゥリアス州ヒホンに来た理由を教えてもらえますか?


森田 僕はバルセロナに3年半いました。ここ数年は日本人も増えてきて、それだけ長い時間同じ場所にいると、慣れと同時にマンネリや甘えが出てきます。そもそも僕がスペインに来た理由は、スペイン人の中に入ってどれだけ通用するのか試したいという思いだったので、それをもう一度思い出すためにも環境を変えてプレーしたいと考えました。


――他の地域も選択肢にあったと思いますが、その中でもヒホンという町を選んだ理由は?


森田 トレドにいくという選択肢もありましたが、ヒホンでは日本人がテルセーラ(スペイン4部)でプレーしているという話も聞いていました。同じ舞台でプレーする可能性を探るという目的もあって、ヒホンを選びました。本格的に移住する前、一週間ほど下見に来たのですが、遊ぶ場所や観光名所も特にありませんでした(苦笑)。サッカーに集中できる環境が整っていたことも大きいです。


――カタルーニャ州は地域的にもサッカーのレベルが高いですが、ヒホンのあるアストゥリアス州とカタルーニャ州のレベル差は感じますか?


森田 最初は感じました。カタルーニャは人口が多く、競争意識が高いのか、自然と良い選手が集まります。そこで展開されるサッカーも結果にこだわるもので、蹴る時は蹴るサッカーになります。ヒホンの方が純粋に「良いサッカーをしよう」という気持ちが強い気がします。


――ヒホンの方が森田選手や日本人の特徴を出しやすいという感触はありますか?


森田 それはあるかもしれません。僕の感覚かもしれませんが、ヒホンの人の方が真面目です。カタルーニャでは監督の指示にふてくされて、試合中にやる気をなくしてしまう選手がよくいました。ヒホンでは規律に従い、できるかどうかは別にして選手は監督の指示を実践しようとします。僕は日本で育ってきたので、そういった面は馴染みやすいか もしれません。


――改めて森田選手の選手経歴を教えてください。


森田 高校までは都立のサッカー部でプレーしていました。卒業後は新潟にあるJAPANサッカーカレッジに進学し、そこで3年間プレーしました。21歳で卒業し、ビザを取得してからスペインに来ました。


――渡航のための資金はアルバイトで貯めたのですか?


森田 そうですね。卒業してからビザを取得するまで5、6カ月ほどかかりました。その期間にかけ持ちでアルバイトをしました。寿司屋の配達やガソリンスタンドです。


――最初にバルセロナを選んだ理由は?


森田 父の友人がバルセロナに住んでいたことがあるのですが、その方の知り合いがバルセロナにいたことです。でも、初めはチームを見つけるのに苦労しました。スペインに渡ったのが10月頃で、ちょうどシーズンが始まったタイミングだったからです。ツテとして頼った人がすぐに動いてくれましたが、どのチームに問い合わせても「登録に空きがない」という返事ばかりで、サッカーをプレーする場所すらありませんでした。


 スペインに来る前はそこら中にグラウンドがあって、ストリートサッカーもあちこちでやっているようなイメージを持っていましたが、実際はそんなことはなくて……(苦笑)。最終的にチームが決まったのは年明けの1月でした。



小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第117号(2012年11月08日配信号)より抜粋※

Comments

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackbacks URL
http://valenciasoccerlife.blog6.fc2.com/tb.php/1486-f4e1eb59

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。