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「テクニックは何歳になっても伸びる」坪井健太郎(スペイン・UEコルネージャコーチ)インタビュー @ichiroozawa 

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第135号(2013年03月28日配信号)より抜粋※

 去る2月27日、Amazon Kindleストアにて「誰にでもわかるサッカー説明書~スペインサッカーを日本語に具現化~【テクニック編】」という電子書籍がリリースされた。執筆したのは本メルマガでもおなじみであるスペイン・UEコルネージャコーチ坪井健太郎氏、そしてその友人である森亮太氏。いずれも育成年代における経験と見識、そして問題意識を持つコーチ陣だ。
 
 本書には「誰にでもわかる」というタイトルの通り、サッカーを理解するうえでファンダメンタルな知識を改めて定義する記述が多く存在する。PERCEPCION(認識)・ANALISIS(分析)・DECISION(決断)を経てEJECCION(実行)に移るという「PAD+E」の概念を始め、本インタビューのタイトルでもある「テクニックは何歳になっても伸びる」ということ、ドリブルは2種類ある、サッカーに個人の局面は存在しない、などなど。
 
 とりわけ重要なのは、やはりプレーのプロセスを表現する「PAD+E」の概念だろう。詳細はインタビューをお読みいただくとして、この概念の要諦は「結果だけを見て物事を判断してはならない」「プロセスを注意深く見なくてはならない」と理解した。本書を通じて「PAD+E」で考える習慣を身に付けることは、指導者のみならず生活全般において大きな効果を生むはずだ。
 
 「テクニック編」とあるとおり、本書には続編となる「戦術編」も準備されているようだ。しかし本書を通読するだけでも、サッカーのテクニックだけでなく多くの示唆を得ることができるだろう。テクニック本・戦術本が多く刊行される中、改めてこうした書籍を発表した理由はどこにあるのか? 執筆者の1人、坪井氏にメルマガ編集部の澤山大輔がお話を伺った。(取材日:2013年03月19日)


■「半分勢いで」決めたスペイン行き


――本日はお忙しい中ありがとうございます。まずは、坪井さんの略歴から教えてください。

坪井健太郎(以下、坪井) 静岡学園を卒業後、大学進学という選択肢もあったのですが、血迷って(笑)半分勢いで指導者の道に進み、最初は広島県広島市安芸区にある安芸FCのコーチになりました。広島には縁もゆかりもなかったのですが、高校時代の同級生がそこのクラブ出身という関係があって紹介してもらいました。結構クレイジーですね、考えも何もなく(笑)。

――なるほど(笑)スペインに行くまではどういう道のりだったんですか?

坪井 安芸FCで4年間コーチをしたあと、清水エスパルスのスクール(現普及部)で3シーズンコーチを務めました。その前の広島時代に、倉本(和昌、湘南ベルマーレU-15南足柄監督)さんと知りあって、そこから親交を深める中でスペインの存在が身近になりました。

 当時日本のサッカー界で働いていて「このままでいいのか」と。将来的にプロレベルで仕事をしたいという気持ちはあったのですが、サッカースクールという場所にいるだけではJリーグの監督につながるのは難しいと思って、「スペインに行って勉強しよう」となりました。先輩からもアドバイスをいただいたことと、倉本さんとのつながりがあってスペイン行きを決めました。それが、2008年4月のことです。

――着いてからお仕事を探されたんですか?

坪井 はい、まったく何もなしです(笑)。語学学校に入ってまずはスペイン語を勉強して、日本人の先輩方も多くいたので彼らのアドバイスをもらいながら色々なクラブを見て回りました。最初はカズ(倉本氏)の紹介でエウロパというクラブに入りました。これは今でもそうだと思うのですが、日本人の指導者がスペインに留学するとなると、「とにかく飛び込んでクラブを見つける」ことが一般的な流れだと思います。

――その思い切りは素晴らしいですね。

坪井 皆さん同じようにやって来ていますから、そういうものなのだろうと思っています。皆さん覚悟を決めているし、「不確定要素があったとしても自分で切り開いていく」そういう気持ちがないと海外で生き残っていくのは無理だと思います。

――コルネージャFCのコーチになるまでの経緯について、もう少し詳しくお伺いします。エウロパで結果を出したことが現在の仕事につながっているのでしょうか?

坪井 ご存知の通り、育成年代でも結果を出した指導者は抜擢される世界なので、エウロパには3シーズン在籍しジュニアユース世代(15歳まで)、カデテを担当しました。最初はボール拾いのような手伝いとビデオ撮影のような仕事から始め、それは第一監督・第二監督のもう一つ下というポジションでした。

 アシスタントコーチ的な存在で2年間勉強させてもらって、3シーズン目の時にたまたま第二監督のポストが空いたので入れてもらいました。その時の第一監督が、今でも一緒に仕事をしているゴンサロという監督です。エウロパではカデテ2部のリーグで優勝して、そこで引き抜きの声が掛かって、僕もセットで動いたというのが経緯です。
 
 エウロパにいる3年間には、いろいろなことがありました。1シーズン目は残留争いでギリギリ残り、2シーズン目は降格、そして3シーズン目に優勝をしてもう一度昇格、という経験です。カテゴリーにギリギリ残る、降格する、優勝する、と本当にいろんな経験ができました。

――やはり優勝するチーム、降格するチームというのはどこかで予感を感じるものでしょうか? 「あ、このチームは優勝するな」「ちょっと難しいかもしれないな」とか

坪井 そうですね、優勝するときにしてもただ強い・うまいだけの選手が集まっているだけではダメなんです。完成されたチーム、優勝にふさわしくないとできない。なぜなら優勝するには落とすことのできる勝ち点は非常に少ないからです。僕の経験では4試合以上の試合を落としたら優勝は不可能だと思います。それだけスキのないチームであることが条件なのです。

 勢いがついた時に「あ、このままいけるな」「落ち着いて優勝争いできるな」という感覚はありました。最後の最後で変なプレッシャーがかかったりということはありましたが、その学年は実は昨シーズンも優勝していたので。優勝する方法を彼らの中で知っていた、そういうものを持った集団でした。

 降格をしてしまったのは、その1年上の選手たちで、「こういうチームだとうまくいかないんだな」という勉強になりました。監督がチームをまとめるのに苦労していましたね。言うことを聞かない選手が多かったり、ロッカールームで18人のチームの中に6人ぐらいの派閥がいくつもできていたり。良いチームはみんながまとまり1つのチームになっているんですが、悪い時は小さな派閥ができる傾向があることに気づきました。

 その年には、途中で監督が成績不振で交代しました。その時に何をしなくてはいけないか、チームが悪い時にどうやって再生するかという経験もできました。この「監督の交代」をチーム内で経験できたのも大きな財産です。

――そういう時に、新監督はどういう方法でチームに活力を与えるものなのですか?

坪井 具体的に彼が取り組んだのは、一般的にスペインでやる方法ですが「インパクトを与える」ことです。同じ刺激を与える、つまりインプットが同じだとアウトプットも同じで変わらないわけです。違う刺激を与えなくてはいけない。話し方もそう、練習のリズムや始め方などすべてにおいて違う方法論を入れました。

 うまくいっていないチームは一般的に規律がないので、監督がやったことはまずはチームの規律・ルールを作って「これを守らなかったらこうだぞ」と賞罰を明確にし、それを厳格に運用しました。今はコルネージャで第二監督として携わっているので、客観的に見て今チームが良いかどうか、という目を養うことに役立ちましたね。

――今年でスペインでは6年目に突入とのことですが、すごく濃い経験をされていますね!

坪井 いや、本当に。日本にいたら絶対に経験できないようなことですね。


小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第135号(2013年03月28日配信号)より抜粋※

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