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サッカー観 

どんなサッカーを観る時もそうだけれど、常に主体的に考えるような癖がある…

“自分が監督だったら、どんなサッカーをするだろう?”

“自分が監督だったら、選手をどう使い、どんな采配をするだろう?”

“自分が監督だったら、どんな練習をするだろう?”

といった具合に、、、

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この1年、ではないけれど、自分が現場(グランド)に立てず、他者として眺める以上、そういう見方をしていないと現場が恋しくなる。早く日本に帰ってチームを探したくなる。

そんな思いを抱きながら、毎日、毎日、練習や試合に通っていた。

“自分だったら…”

という頭を常に持ちながら。

まだ“監督”という立場で1つのチームを率いたことはないし、まだそんなことが出来る器量もないと思っている。だからこそ、日々勉強の毎日。いや、勉強しない日なんて人生にはないと思う。ぼーっと過ごす、1日何もしなくとも、勉強しているのが人間なんじゃないかと思う。だからこそ、人生に無駄な時間もないし、人はみな生きているだけで輝いているんだと思う。

スペインサッカーは攻撃的、と言われる。確かに、そういう面が好きでスペインサッカーにのめりこんだのかもしれない。ただ、当然守備的なチームもあるし、攻撃的チームも守備はしっかりしている。そのバランスがサッカーでも人生でも大切なのだけれど、ここで感じることは、

“楽しそうなチームが多い”
“楽しそうな選手が多い”

という現実。この“楽しそう”がこの1年、僕にとって大きなキーワードとなった。そういう感覚・サッカー観には僕も大いに同感だ。

サッカー、スポーツ、勝負事、人生、何でもそうだけれど、、、

“勝つか負けるかなんてわからない…”

勝負の世界なんて勝つチーム・人間と負けるチーム・人間の半々だ。確率でいったら50%だ。どっちに転ぶか、実力は勿論だけれど、運に左右されることだってある。1つのシュートが入るか、バーに当たって入らないかなんて、誰にも予想はつかない。

人生だって多分、そうなんじゃないかな。僕の嫌いな単語ではあるけど、“勝ち組、負け組”なんてこと言われたら、勝ち組に入れる人と負け組に入ってしまう人、どちらかしかない。確率が50%なのかどうかは知らないけれど、どっちかしかない、極論になるなら、その確率に近くなっちゃんだろう。

だからこそ、僕は思う。

“勝っても負けても自身が自分達がチームが楽しむサッカーをしなきゃ”

スペイン対リトアニア戦が典型だと思うけれど、リトアニアの選手で「サッカーやってて楽しいな~。この試合、楽しいな~」と思ってた選手は少なかったはず。“そんな選手はいたんだろうか”と結構、疑問に思う。勿論、W杯予選の大事な試合、公式戦にそんな暢気なことは言ってられないけれど、それが基本になきゃサッカーやっててつまんないはず。

間違いなく、スペイン代表の選手の方が試合での楽しさはあったはず。数名の選手を除いて…(ねっ、トーレス君!笑)

多分、今季のバルサの選手は、「楽しいな~」なんてこと思う試合が多かったんだろうと思う。あれだけボールが回って、相手を圧倒して、ゴールチャンスを作って、、、楽しくないはずがない。仕事がないGKのビクトール・バルデスだって、「いや~、楽しいわ!」なんて思ってたはず。

チェルシーには負けちゃったけれど、間違いなく、バルサの監督が今モウリーニョ監督に代わって、「チェルシースタイルでサッカーやるぞ!」なんて言っても、レギュラー全員がボイコット、ストライキするに違いない。ロナウジーニョは間違いなく、

「そんなつまんないサッカーやるなら俺、移籍する」

って言うだろう。

僕はこうも思う。

“勝つことが常に楽しいとは限らない”

“負けることがあっても楽しいこともある”

まあ、プロの世界は、結果が全てなので、勝ってなんぼ、勝ってこそ良い給料をもらえるんだけれども、プロの選手になればなるほど、“楽しさ”を求めてたりすると思う。ビッグネームになればなるほど“楽しいサッカー”を追及していると思う。良い監督になればなるほど、“スペクタクルと勝利”を追求していると思う。

僕にとってサッカーと人生はイコールだ。だから、サッカーには喜怒哀楽、人間が持ち合わせる全ての感情があるし、生き物だと思う。だからこそ、言葉で説明出来ないことが起きる。ドラマ以上のドラマがある。バレンシアがドブレテした翌年にインタートトにいっちゃったりする。(笑)

それが、サッカー、人生ってもんだ。

だからこそ、勝とうが負けようが自分達のスタイル、哲学、そして楽しみを追求することも、どのレベルなっても必要なことだと思う。

勝利至上主義であろうが、現実主義であろが何でもいいんだけれど、“楽しい?”と自問自答することって大切なんだと思う。

その問いかけに、「ほんと楽しいよ~」って体で表現出来る選手でありチームって魅力的なはず。たとえ、バルサが来年優勝できなかったとしても、今年のサッカーを続けていれば、ファンは楽しんでくれると思う。少なくとも、僕は楽しむと思う。

バレンシアファンで今季から試合を観に行かなくなった人の大半は、「チームが弱いから」ではなく、「つまんないから」「楽しくないから」だと思う。予想だけれど…

だって、選手やチームが楽しそうじゃなかったから。そんな彼らを見ているとファンまでつまらなくなっちゃう。

逆に勝とうが負けようが楽しそうにやっていたら、結果に関係なく楽しくなると思う。満足すると思う。スタンドに足を運ぶと思う。

スペインはそんな国であり、そんなサッカー文化を未だ持ち合わせている数少ない国かもしれない。だからこそ、僕はここスペインでサッカーを観ていて楽しくて楽しくて仕方が無い。別にバレンシアが駄目でも他に楽しそうにしているチームを観るだけでこっちまで楽しくなる。当然、バレンシアがそうであればよりいいんだけれど…

そんな国でサッカーを観てきて、やっぱり自分が監督になったとしても、基本は自分達が“楽しむ”ことをテーマにしたい。楽しむための要素はたくさんあるから、それはチームを率いてみないと、選手を前にしてみないとわからないんだけれど。

でも、勝ち負けを置いておいて、楽しめる要素は絶対に作りたいし、持ちたい。じゃないと、多分、監督なんてやらないと思う。

別に攻撃的なサッカーが楽しいサッカーでもないと思う。そうであれば、守備の選手がサッカーをやっている理由なんて浮かばないから。GKなんてゴールを入れられるしかないのにGKをやっている。説明がつかないし、理解できなくなってしまう。

守備的なサッカーをしても十分楽しめる要素はあると思う。方法論は無数にある。それはサッカーというスポーツの形態にもあるんだろうと思う。グランド内に守備・攻撃、全ての要素が詰まっている。攻守がこま切れで切り替わらない。だからこそ、常に全てのものが同一線上にある。

ただ、勿論、サッカーは自分達がボールを持っていないと楽しくない。自分もサッカーをしていたからわかるけれど、試合を支配している時は疲れなんて全く感じないし、ボールをどんどん回していれば楽しくて仕方ない。逆に相手にずっとボールを持たれて追い回すだけだと疲れて疲れて仕方ない。

でも、これがサッカーの難しいところで、単純にボールをキープしていれば楽しいかというとそうではない。別にボールを終始キープしていなくても、しっかりとした意図があって、素早い攻撃できっちりゴールを奪ってしまえば、それはそれで非常に楽しい。“はまった!”って気分になる。戦術的にいえば、敢えて相手にボールを回させる・持たせる戦法だってあるくらいだから。

また、やっぱり“チャレンジ”することで楽しさが倍増する。勿論、成功すればの話だけれど…

“チャレンジ”や“リスクを冒す”って表現はありがちだけれど、それが全て良いとは勿論思わない。サッカーでも状況は常に流動的だし、場所と時間によってそれは変わってしまう。常にそうすることが正解でもない。

人生でもそうだと僕は思う。

“リスクを負う”なんてことがかっこよく叫ばれる今日だけれど、人生で常にそんなことやってたらいつ休むんだ??と思う。そういう時、時期も大切だけれど、しっかり“守り”に入る時期も大切なんだと思う。

サッカーにおいても人生においても、常にそういった判断が問われて、自分で決める。だからこそ、主体的なサッカーであり、人生になる。主体的であれば、多分どう転んでも楽しい、と思うはず。その瞬間は楽しくなくても、後々振り返ったら楽しいはずだ。

やっぱり、僕は主体的なサッカーをしたいし、それを求めたい。相手ありきで考えるのではなく、自分達ありきで。勿論、相手のことも頭に入れなきゃいけないから、単なる自己満足で終わるような“主体”ではない。

こういった、楽しさ、主体、、、

色々考えはあるけれど、この2つのキーワードは多分、ここスペインの地で明確になった気がする。単にスペインサッカーを観ただけでなく、スペイン人が住む空間に自分も身を置いて感じてきたことだと思う。

サッカーの監督は常にこう問いかけると思う。

“俺がやりたいサッカーって何だ?”

それを求めながら日々生きていくんだと思う。

ただ、、、これってなかなか見つからないと思うし、明確なものは持てないだろうとも思う。持っていたとしてもチームが変われば、時がたてば変わってしまうだろう。

人生もそうであるように、

“終わってみてからわかるんだ”

そう思う。そう、つまりは後にならなければわからないし、終わってみて価値として残ってくるものだと思う。それでいいと思う。名将と呼ばれる監督だって、新たなチームで失敗することもある。名将の仲間入りをするためには結果を残して監督の座を辞めないとなかなか入れない。終わりが必要だ。常に勝ち続ける監督、結果を残す監督なんていない。

ならば、、、

自分が楽しく、自分が主体的であれるように率いていえばいいじゃないか。

そんな我がままめいたことも思ってしまう。

色んな思いを刻みながら、いつかその場に立つ自分に向けて、そんなメッセージを送りたい。

“楽しくやろうよ!お前らしく!”

それが、僕のサッカー観であり、人生観なのかもしれない。

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