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評価とは誰がするもの? 

皆さんの中でも部活をやっていた人は多いと思う。サッカーではなくとも毎日、その部活を通して顧問から監督からコーチから何かを伝えてきてもらった人が多いだろう。

私もそうだが、そういう中でその指導者の言葉を覚えていることってどのくらいあるだろうか?!

実際問題、私はあまり、、、

覚えてない。(笑)

指導者側になると日々、「何を言うべきか、伝えるべきか」で結構、考えたりするのに…

ただ、インパクトのある言葉というものはやはり覚えているし、その言葉が自分の人生の中で何かしらのエッセンスになっていることがある。

私もサッカーを通して色々な指導者にめぐり合い、そういった方々の言葉から多くのことを学ばせてもらった。

そんな中でも、私が印象に残っている言葉が、

「評価とは他人がするもの。だから、評価される選手、人間にならんとあかん。自分で自分を評価して満足するな」

という言葉だった。その時はあまりピンと来なかったが、社会に出ればよくわかる言葉の気がする。

例えば、サッカーにおいては、我々現場の指導者にとっては、

“良い選手” と “うまい選手”

は全く違う。別物だ。

良い選手とは我々が評価する選手、他人に評価される選手である。

うまい選手とは他人に評価されなくとも自分で評価することが出来るし、してしまっていることが多々ある。

だから、サッカーにおいては、うまくなくとも良い選手はたくさんいる。技術はなくとも良い選手はたくさんいる。

逆にうまいんだけれども良い選手になりきれない選手はたくさんいるし、そうやって桧舞台から消えてしまった選手は多い。

その分かれ目が、

“評価”なんじゃないかと思う。

今のサッカー少年達は非常に良い指導を受けて育っているので技術的なレベルはかなり高い。だから、“うまい”。

ただ、それを判断するのは他人でありそれを活かせるかどうかが良い選手かどうかの違い。

私のチームでもそのうまさをチームの結果や個人の結果に結びつけることの出来ない選手がいる。

例を挙げるとすれば、ドリブルのうまい選手。何人でも相手をかわせるが、それが得点やチームにとっての有益性に結びついていないことが多々ある。逆に相手をかわしていることによって時間をかけてしまい、相手に守備陣形を整えられることになれば、それはチームにとってマイナスになりかねない。

そのうまさをどう活かすのか、そしてどう結果に活かすのか、それをわかって結果を出せる選手が“良い選手”という定義を私個人としては持っている。

それは社会の中で生きている全ての人間にも当てはまることであると思っている。サッカーというフィールドは我々の社会生活の縮図だから。

先日、そんな発言をしてくれた我がチームの監督がこんなことを選手に言っていた。

「他人のために頑張ろうとすることが出来る選手やチームは絶対強いぞ。お前らもそういう選手、チームにならんとあかん」

誰もがわかっていそうで改めて考えないような言葉。目からウロコ状態だった。

他人に評価されることは他人に応援してもらえることにつながる。

そうやって応援してもらって選手、チームは強い。なぜか?

それは、自分が持っている力以上の力を発揮することが出来るから。

恐らく、強いチーム程、応援してもらっている人間の数は多くなっていくというのが通例ではないか?!勿論、その裏で批判する人間も増えていくのだろうが…

自分の為だけに頑張ることには限界がある。けれども、自分だけではなく他人の為にも頑張れる時、凄いエネルギーやパワーを発揮出来るのかもしれない。

だからこそ、日々、そういうことに感謝出来る人間が強い人間、そして良い選手の条件なのかもしれない。

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