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高校サッカーの普遍性 

年末年始にかけて選手権の試合を計5試合観て帰って来た。

昨年は、スペインにいた為、1試合も観ることが出来なかったし、これだけまとめてじっくり観たのは久々。しかも、今年度の場合は、自分が現場にいたこともあり、色々なチームの情報も入っていたので注目選手やチームの特徴もある程度はあった。

今回、現場で試合を観る事が出来て、確認出来たことが1つ…

それは、

「高校サッカーには普遍的なものがある」

ということ。

もっとわかり易く言うならば、

「チームや選手の質に関係なく、高校サッカーは存在し続ける、続けなければいけない」

ということ。

それを確認出来た意味でも非常に良かったし、楽しかった。

近年の論調でもあり、個人的にもそう思っているけれど、Jユースが発足して10年が経ち、プロの下部組織に良い選手、コーチ、スタッフが揃う環境が当然になってきた。だからこそ、高校サッカーの人材不足は必然的に起こりうることなんだけれども、そういった人材の良い・悪いに関係ない高校サッカーというカテゴリーのアイデンティテー、J下部組織との棲み分けがきっちり出来つつあるな、と感じた。

それを可能としているのは、やはり高校サッカーという現場で長年努力してきている指導者や学校関係者、そしてこれまで育ってきたOBといった存在。やはり、“歴史”という重みがある。

全国大会という桧舞台で出会う指導者の誰もがあるベースを持っていた。

それは、

「サッカーを通した人間育成」

を基本理念としていること。勿論、“勝つ”という目的の為に自分の持つサッカーの知識や経験を全て賭け、勝負にこだわっているのだけれども、その根底に流れる理念は全国大会に出てくる指導者であればある程、くっきり、はっきりと表ににじみ出ていた。

だからこそ、

“全国大会に出てくる指導者の誰もが人間的な魅力に溢れている”

ということが言える。これが全ての答えの源流となっている。

私も個人的にずっと思ってきているし、だからこそユース年代の現場に立っているのだけれども、

どんなに良いチーム、良い選手であっても、プロや日本代表レベルに到達する選手なんてごく僅か。例え、Jリーグユースチームであってもそれは同じ。全員がトップチームに上がれるわけではない。

そんな環境を理解出来れば、

「プロや日本代表選手を育てる」

という目標をベースに指導していたとしてもそれはある意味、博打の要素がある。常にチームが勝てないのと同様に、常にそんな選手を輩出できるわけではない。

勿論、そういった目標は持ちながらも、全国、世界にいる指導者の大半は、こう考えていると思う。

「サッカーを通して色んな面で成長してもらいたい。その中で技術的に優れるものはプロ、日本代表になればいい。例えプロになれなくとも、サッカーを通して人間形成してもらえればプロになるのと同様の価値がある」

だからこそ、以前に紹介し、今回直接話しを聞くことが出来た、鹿児島実業の松澤総監督のような発言がある。(「うちはプロ養成校ではない」)

松澤先生には本当にオーラがあるし、人間としての含蓄がそのオーラから伝わってきた。ああいう空気を直接感じることが出来たということ自体、今回の選手権は個人的に非常に価値があった。バレンシアで1シーズンを通して感じていた感覚と似ていたかもしれない。言葉で表現出来ることが出来たとしても、決して同じ感覚は伝わらないもの。

それを人は、“経験”と呼ぶのだろう。

また、そういった普遍的なものがあるからこそ、いつになっても多くの人を感動させられるんだろう。勝ち・負け、サッカーの質に関わらず、やはりそこには人間が持つ魅力がつまっているから。

そして、そんな経験をしてしまった現場の人間は、もう2度とそこから離れることは出来ないのかな、そんなことを思った幸せな新年だった…

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