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選抜甲子園開幕より 

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=16292&media_id=2

日本にいるとこういう風景が見れて面白い。選抜甲子園の開会式。

野洲の山本監督は、

「高校サッカーで国立目指すなんてショボいやん」

と言った。

「高校野球で甲子園目指してるようなもんやろ」

とも言った。

つまりは、日本の高校の枠だけでかこってる大会が最高峰なんて、「ショボい」ということ。世界は広い。「世界を目指せ」。野球もWBCの開催でそれに気付いたはず。

ただ、日本の野球に関しては、恐らく今後劇的に変わることはないだろう。自分達から変えるのではなく、「変えざるを得ない」という状況に陥るやもしれない。野球人気や野球の面白さに何ら変わりはないからある意味もったいない。

その良い例が高校野球連盟が囲ってしまってる甲子園という大会。高校野球の桧舞台だから、素晴らしい大会だとは言えるけれど、時代に合わせたスムーズな適応は出来ないだろう。

聞いた話しによると、この高野連の幹部になると相当の権力者になれるようだ。そりゃそうだ。甲子園でやる試合は全て全国中継されるわけだし、注目度はある意味プロの試合を超えることもある。客観的に言って異常かもしれない。

その裏には、それだけ高校球児がみせるプレーに魅力があるということだけれど、世界を見渡して、例えばアメリカで大リーグの試合ばりに大学、高校の試合で観客が詰め掛けることはまずないだろう。

今朝の開会式を見ていても思った。ビシッと行進して観ている者にとっては気持ちが良いのかもしれない。でも、

「外国人が見たらどう思うんだろうな?」

と疑問に思った。

「北朝鮮のマスゲームと甲子園の行進を見せて区別出来るかな?」

とも思った。

私は野球の専門化でも高校野球に精通しているわけでもないのでわからないが、この甲子園大会というのは、純粋に野球というスポーツで競う大会ではないのかな?とも思う。

最近の不祥事続きで、よく高野連が「野球だけ出来てもダメ」と言っているがそれはその通り。本当にその道を極めようと思えば、人格的なベースがなければ不可能だろう。

ただ、あまりにそういった理想を追いすぎて、競技性や本質が失われる危険性もある。

個人的に野洲サッカーの山本監督が賢いと思うのは、そういった日本的理想やそのプラス面を理解しながら敢えて、問題提起をしているところ。

例えば、サッカー指導者が、「俺はサッカーで教育もしてるぞ。お前らサッカーしながら良い人間になれよ」なんて選手に言い過ぎていると選手は戸惑う。

「僕はサッカーやるだけじゃなくて、良い人間にもならなきゃいけないのか。良い人間って何??どうすればいいんだ?」

と混乱する。だから、単純に「校則を守ればいいんだな」と理解してしまったりする。

ぶっちゃけ、校則なんて世の中の非常識だと思ってる。

「何で茶髪はダメか?何で男子の頭髪が耳にかかっていたらダメか?」

を明確に答えられる教師はいない。

「高校生らしくせい!」

と怒られても、「高校生らしさって何?」とも言われる。


それよりも、シンプルに、

「とことんサッカーを極めよう。サッカー選手としての質を高めろ」

と言い続ける。そうすれば、先にも言ったように選手の質を高めるために人間的な質を高めないといけなくなる。

つまりは、よく山本監督がいう、良い意味での「逆算」の構図が起きる。

初めから崇高な理想を掲げ、目標、目標をたくさん作るより、1つの目標、明確な目標を掲げてそれに向って必要な要素をクリアしていく逆算の手法の方がシンプルでわかりやすい。

高校の現場で指導していると、「サッカーだけ教えているんじゃない」と現場指導者はよく口にするけど、それは選手に言ってはダメ。要するにそれが言い訳、逃げ道にもなりえるから。

弱小チームの監督が、

「俺はサッカーだけ教えてないからな。結果は別にいいんだ」

なんて言ってても、「アホか」と思われるだけ。

これは高校野球にも通じることで、高校野球の方がより明確に問題化していくだろうと思う。

サッカーに関しては、高校、ユースレベルにもS級やプロを指揮した監督が下りてきている。だから、まずは「結果、選手としての質」を高める専門的な指導がなされるだろう。

だからこそ、日本のサッカーで急務なのは、そういったより専門的な指導になる場合、それにこぼれる選手をどう拾うか、というセーフティネット作り。日本の社会と同じ課題。

サッカーは11人しか出れないんだから、ベンチ登録の18人、20人いればいい。それ以外は、別のカテゴリーで試合、勝負をしていけばいい。

市立船橋がクラブチーム、ヴィヴァイオを作り、トップで出れない選手をクラブサッカーで出場させるようにそういった動きが全国的になる必要がある。

野球も部員が100人もいらないはず。プロ野球の1球団がそんな人数を抱えているだろうか?

甲子園で応援するために野球はしなくてもいいのだろうか?

ならば、クラブチームを作ってそこでやらせる方が、選手育成、それ以上に指導者という仕事を普及させることにつながる。

もう、高校というカテゴリーだけで物事をみる時代は終わり。それはどんなスポーツでも然り。より大きな視点で、1つの目標から逆算して考える時代に突入している。



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現在の順位を確認↓もしや、降格圏内??

Comments

確かに…

開閉会式の祝辞も省略できないもんですかね?!

甲子園なんて、、、

ただ、あの馳議員が「文科省副大臣」で登場した時にはびっくらこきました!(笑)

プ、プロレスラーが…

  • [2006/03/25 13:02]
  • URL |
  • イチロー
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

アメリカでは

大学バスケのNCAAトーナメントがありますね。
これが果たして日本の高校野球に当たるのか、
残念ながらそこまで詳しくはないのですが。。。

思ったのは、サッカー(スポーツ)を「通して」学ぶことは
サッカーを「教材にして」学ぶこととは違うのでしょうね。

僕なら、それは最後に掛ける言葉に取っておきたいです。

奇しくも卒業シーズン、部員だった卒業生に掛ける言葉は
延々述べられる小難しい祝辞よりは
『お前ら、何学んだ?』の一言でいい。

そのとき初めて、己の成長にハッと気付くものだとしたら。

  • [2006/03/25 08:09]
  • URL |
  • カルボーニ年金
  • [ Edit ]
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