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第2回「JマルカFCでの内野貴志」 

京都JマルカFCHP作成記念「Jマルカから日本一に」
~西岡コーチと野洲高校優勝メンバー内野貴志君の特別対談~

※この対談は京都JマルカFCのHP用に行ったものですが、関係者より当ブログでの公開許可を得ております。京都JマルカFC公式HP
(C)京都JマルカFC&バレンシアサッカーライフ
<無断使用・転載はお断りします>


企画、構成;サッカーライター 小澤一郎




■JマルカFCでの内野貴志

中学時代の内野君を語る西岡コーチ
-内野君のJマルカ入団当初の印象は?
西岡コーチ
「小学校の頃はやんちゃなイメージでした。中学になってどうなるかなと少し心配したこともあったけれど、中学になってきたら大人しくなってきて、性格的にやんちゃするような子じゃなかった。早く大人になった選手やと思います」


-逆に、西岡コーチの印象は?
内野君
「小学校の頃から知っていて、その頃は友達感覚でした。中学校で指導してもらうようになり、指導者としてみるようになりました。今はまた元の友達感覚も持ってますけどね…」

-サッカー選手としての内野君をどう評価してましたか?
西岡コーチ
「平均的に何でも出来た選手だけに使いやすかったです。DFにいったのはチーム事情で後ろにしっかりした選手がいなかったから。それが功を奏して、本人のヘディングやロングキックの能力が開花した形ですかね。ただ、それが高校サッカーのトップレベルで通用するとか、注目されるレベルになるまでとは思っていなかった」

-身長は中学時代から高かったのですか?
内野君
「そんなことはないですよ」
西岡コーチ
「中学3年になったくらいから高くなってきたな?」
内野君
「はい」

-今は身長何cmですか?
内野君
「178か9です。180はないです」

-サッカー選手としてDFの醍醐味は?
内野君
「無失点に抑えた時。自分はヘディングが得意だったので、ハイボールの競り合いに勝った時の快感です」

-選手権の戦いでヘディングの競り合いが強かった選手は?
内野君
「大阪朝鮮のパク・チソン。デカかったし、体の線が違いました。(笑)それ以外は特に『強いな』と思った選手はいませんでした」

-Jマルカでサッカーをやってよかったと思っていることは?
内野君
「楽しくサッカーが出来たことです」

-野洲とJマルカの雰囲気は似ていましたか?
内野君
「Jマルカでやっていた方が気持ちが楽でした。野洲では試合に出れるか出れないかの競争もあるし、毎日練習があったから(笑)Jマルカでやっていた時は練習が雨で中止になると『あ~あ』という残念な気持ちがあったけど、野洲の時は、『ラッキー』って思うことが多かったですね」

京都市内のJマルカ練習グランド
-滋賀県からJマルカの練習(京都市内のグランド)に通うとなると遠いはずですが?
内野君
「楽しかったし、練習が終わると『もう、終わり~』と思っていたくらいです」

-そんな様子はありましたか?
西岡コーチ
「う~ん、どうでしょうね。基本的にグランドを使える時間も週に練習が出来る日も決まってますし、そういう意味では、練習出来る時間というのは子供達にとってはすごく貴重な時間であり、貴重な場所でもあります。でも、貴志がそうだったとは思ってなかったかな(笑)淡々とやっているという感じだったから…」


-中学時代は選抜なんかに選ばれていたんですか?
西岡コーチ
「中学3年の最後でクラブ選抜に選ばれたりしたことはありましたが、それ以外は特に目立つような選手でもなかったです。特に喋りもしないし嫌々選抜に行っているような感があった。だから、そこで評価もされず、芽も出ずといったところ。でも本人は野洲に行きたいという気持ちはあったみたいです」

-野洲に行きたいと思ったきっかけは?
内野君
「中学時代の友達から野洲に良い選手、セゾンから多くの選手が行くと聞いていたから。監督と知り合いの人がいて練習に連れて行ってもらいました」

-西岡コーチの下には「内野選手いいね」と他の高校から声はかかっていましたか?
西岡コーチ
「それはありましたね。『彼、どこ(の高校)行くの?』とか『是非、欲しい』という声をたくさんかけられました。ただ、僕は『本人は決まってますよ』と答えていました。成績も悪くなかったし、本人の好きなところに行くのが一番だと思っていたので」

-中学の時、成績は良かったのですか?
内野君
「平均くらいです。良いといえば良かったのかもしれません」
西岡コーチ
「だから進路に対しては心配しなくてよかった。京都でも色々なチームから声はかかったけど、あんまり耳に入れていないよな?」
内野君
「全然知らないです(笑)」

-Jマルカの当時のチームメイトとコンタクトは取っているのですか?
内野君
「たまに取っています」

-選手権で活躍している当時は、そのチームメイト達から連絡きましたか?
内野君
「きました。メールで『そんなんあり?!』みたいな感じで(笑)」

西岡コーチ
「そういう感じやろうな。どちらかというと、『やってまいよった…』みたいな感じで思っているはずですね。『俺らと一緒にやってたやん』みたいに。だから、凄い遠い所に1人行ってしまったと思ってますよ。でも、こないだ皆で練習来たときもそうやけど、グランドに来たら普通やし、日本一やからといって特別になったわけじゃない。みんなでボール回ししても普通に鬼とかやらされるキャラでもあるし、逆に『なにが全国制覇じゃ~!』みたいに言われてたな(笑)」

-Jマルカの上田代表(元全日本代表選手)には優勝後、挨拶しましたか?
内野君
「優勝が決まってすぐに電話しました。喜んでくれました」

-全国で活躍して、『Jマルカってどんなチーム』みたいに聞かれることもありましたか?
内野君
「たまにありました(笑)『京都のチームです』と答えていました」
西岡コーチ
「もっと宣伝しとかなあかんやろ~!(笑)」

JマルカFC特別対談 野洲DF内野×コーチ西岡 No.2


<第2回終了>

第3回「京都JマルカFC」につづく



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Comments

やはり

中学時代に身長が最も伸びるものなんですね。
私的なことですが、僕も中学で一番伸びました。
中一で161センチ、中二で171、中三で174、そして今は内野選手と同じ180ですから。
妙に親近感を感じます(笑)

  • [2006/04/14 04:35]
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  • カルボーニ年金
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