スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ビセンテのいないW杯 



2006/05/13 バレンシアCFトレーニングにおけるビセンテ・ロドリゲスの様子




つくづく“4年に1度”というW杯は残酷だな、と思う。オリンピックにしてもそうだ。

サッカー、そしてスポーツ最大の祭典、大会が4年に1度の1ヶ月という短い期間に開催されることは多くの歴史・感動を生む一方で、その裏には同時に多くの悲劇や表に出ないドラマも生み出す。

4年に1度の1ヶ月、に自身の最大のコンディションを持っていくということは、ある意味W杯で勝つ、優勝するということと同じくらい難しいことなのかもしれない。

ましてや近年のサッカー界、特に欧州のようなカップ戦の多いハードスケジュールなリーグ、大会になれば選手はW杯前、シーズン終了後に疲労困憊している。

ベストコンディションに持っていくのは至難の技だ。

既に各国のドイツW杯メンバーが発表され、各国共に最終合宿に入っている。いよいよスタートラインまで来るわけだ。

そんな中、私が最もドラマを感じたのが、日本代表、中村俊輔の代表入りだ。

誰もが当然、「入る」と思っていた日本代表の一員だ。日本代表の中心であり、今の日本代表に“中村俊輔が不在”など想像できまい。

ただ、発表後に彼自身、HP上で語った感想が妙に“ほっと”させてくれた。

以下、「中村俊輔オフィシャルウェブサイト」より引用させて頂く

今日は、W杯メンバーの発表。
自宅のテレビで家族と一緒に発表の瞬間を待っていた。
特に緊張とかそういのはなかったけど、
MFの発表に入ってもなかなか自分の名前が呼ばれなかったから、
ちょっとどきどきした。

ジーコ監督が自分の名前を呼んでくれたときは、本当に嬉しかった。
今まで海外でがんばってきてよかったと思う。
そして、日本代表に選出されたことを誇りに思う。



彼がこの4年間、どんな気持ちでどんな努力をしてここまで来たかは私にもわからない。彼自身と彼の周辺しかわからないことだろう。

ただ、自国開催の2002年日韓W杯での“出来事”は誰の記憶にも新しいだろう。そう、W杯のピッチに立てなかったという事実。

スペイン代表でメンバー発表の前に注目されていたのが、バレンシアCF所属の左サイド、ビセンテ・ロドリゲスのメンバー入り。

ビセンテのいないW杯1


ここ2シーズン、度重なる怪我に泣かされ、満足にピッチに立てていなかった。シーズン終盤、やっと復帰を果たし、「さぁ、これから」という時にW杯メンバー発表があった。

そして、彼はスペイン代表メンバーから外れた

これに関しては、当然ながら賛否両論あるだろう。アラゴネス監督の立場としては、当然使いたい、メンバーに入れたかったとは思うが、コンスタントにプレーしていないコンディション、尚且つまだ怪我の不安が解消されていない状態でリストに入れ、W杯に連れて行くことは現実問題、難しかったと思う。

一方、同じバレンシアCF所属のスペイン代表MFアルベルダは、彼の代表召集外を嘆いた。

「最終節のオサスナ戦がW杯メンバー発表前にあって、彼がその試合で良いパフォーマンスをみせていれば選ばれる可能性はあった。このメンバー発表、試合日程の設定はフェアじゃない。彼はW杯にいるべき選手だ」

代表落選についてビセンテ本人からのコメントは特別なかった。

恐らく、頭では理解していただろうし、予想していたこと。ただ、現実のものとなって自分の目の前にそれが立ちふさがった時、その現実を受け止める時間が必要となるのではないか。

バレンシアが2冠を達成した2003-2004年シーズンの主役、MVPは間違いなく彼だった。

バレンシアだけではなく、スペイン代表を背負って立つ男、選手だった。

ただ、4年に1度という時間・歴史のめぐり合わせの前に彼はたまたま接点を持つことが出来なかった。

ビセンテのドリブルがみたい

ビセンテのクロスがみたい

ビセンテのゴールがみたい

多くのファンがそう思っているだろう。私もその1人だ。

ただ、残念ながらみることはできない。それが現実だ。彼だけではなく、ファンもその現実を受け止めなければいけない。

恐らく、W杯という眩いばかりの舞台では、誰かがドラマを生み出し、誰かがヒーローとなり歴史上に名を連ねる。

そこには、「あいつがいたら…」という架空の物語は存在しえない。

ビゼンテの怪我に関しては、どの程度の回復なのか本当の所はよくわからない。彼自身しかわからないだろう。その“痛み”は。

サッカー選手に怪我はつきもの。

怪我によって泣かされた選手だけではなく、それによって引退に追い込まれた選手は多い。

通常、これだけの怪我の期間とこれだけの手術、怪我の再発を繰り返せば、選手生命さえ危ぶまれる。

しかし、彼はいつも戻ってくる。

恐らく、純粋な怪我の痛み以上に精神的な“痛み”があるだろう。

「また再発するのではないか…」

という恐怖心との戦いが彼にはある。相手との戦いに加え。

実際にこんな声もある。

「ビセンテのピークは過ぎた…」

ただ、選手である限り、ピッチで戦い続ける限り、そんな捨て台詞を受け止める必要はない。

こんな美談がある。

ビセンテは足のリバビリをかねて、毎週1回、練習後に裸足でフットバレーをやっていた。

その相手は、いつもカルボーニ。

そこにはいつも2人の屈託のない笑顔があった。時間を忘れ、練習終了から1時間以上もやっていることもあった。

そうやって支えてくれる人間は多い。勿論、結果や報道に左右され心ない言葉を発する人間も多いだろう、彼くらいの選手になれば。

ビセンテのいないW杯

そう呼ばれることはもう、この先ないだろう。たた、

ビセンテのいるW杯

それは必ずやってくる。きっと。


ビセンテのいないW杯2


Text&PHOTO by 小澤一郎(Ichiro Ozawa)@バレンシアサッカーライフ



banner_02.gif

当ブログ(メディア)に賛同される方はこちらに1票投票下さい↓

Comments

2010年、彼がW杯メンバーに選ばれる場面、
それを夢見てまた4年間待ちます。
その前にユーロで活躍して欲しいな。
来シーズン、完全復活したビセンテを見ることが出来るよう祈っています

僕もあの二冠はビセンテの功績だと
思います。ただ、やはり当時と比べると走り方が若干変わったような。
それは、「ピークがすぎた」から
じゃなくて「あの走り方だとまた
怪我をする」という懸念からきて
いるのではないかと思われます。
それは、よりプロの選手として
バージョンアップをはかっているんだと僕は理解しています。
救いなのは、2年後にユーロが
あるということ。正直、今回は
選ばれなくてちょっとだけ
納得しました。全開のビセンテ
しか観たくないので。
残念ですが、二年後を待ちましょう。
その前に、来シーズンの活躍を
心待ちにしましょう。

  • [2006/05/23 18:29]
  • URL |
  • タナ・ベッケンジー
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

みたかったなぁ~

左サイドからビセンテドリブルで上げって来て、センターリングをあげてゴールを決めるスペイン代表を。

来季のリーガまで期待して待っていようと思います。W杯の思いをユーロにかけて欲しいとも思っております。

確かに…

久保の会見シーンは日本にいないので見てません。ただ、言葉だけで十分に響いてきました。

「久保がいれば…」

日本代表はその言葉との戦いにも勝たねばなりません。

  • [2006/05/23 08:20]
  • URL |
  • Ichiro Ozawa
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

どこか背中が淋しいですね

どんなに努力したって、不可抗力の事態はあります。
だから人間って過酷な運命にさらされることも多々あるのでしょう。

小澤さんは中村俊輔を例に挙げてらっしゃいますが、
もう一つ書くなら、久保でしょうか。

『また落ちたか』

これほど、空しく心に響く言葉を他に知りません。
シンプルゆえにそうなのかもしれませんが。

  • [2006/05/23 08:11]
  • URL |
  • カルボーニ年金
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackbacks URL
http://valenciasoccerlife.blog6.fc2.com/tb.php/495-efb7904e

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。