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人生とサッカーの天秤 

既にご存知の方も多いかとは思いますが、20日の明け方、20日に行われたレアル・マドリー対レクレアティーボの試合観戦のためにマドリッドに向けて移動していたレクレアティーボファンのバスが大型トラックと衝突し、レクレファンの3名と運転手の計4名が死亡。

それ以外にも15名が重症、22名が軽傷を負うという痛ましい交通事故となった。

スポナビニュース記事

この事故を受けてレクレアティーボ側はすぐに試合の延期を要請。

20日午前に軽めの調整を終えた選手や監督も含めレクレアティーボのどの人間も「今はサッカーよりも重要なことがある」「試合をする気持ちになれない」と延期を望んでいた。

レクレアティーボの会長はチームと共にマドリッド入りしていたが、事故を受けてすぐさま地元に戻った。

最終的にはサッカー協会側が「延期はしない」との決断を14時に下し、試合が行われた。

結果は先程終わった通り、0-3でレクレアティーボがアウェーでまさかの大勝。死傷者を含め全てのレクレアティーボファンに捧げる勝利となった。

しかしながら、この決定についてはいまだに論争が巻き起こっている現状。

マルカ紙のアンケートでも半数以上が「延期すべき」との回答。

リーガ機構側は「延期となっても替わりの日程がある」と言っていただけにこの決定については日程の問題はあまり関係ない。それよりもサッカー協会の広報担当者が「人生は続く」とこの決定について説明を下したことが私個人の中では引っかかった。

確かに、こういう痛ましい事故があっても人生とは続く。サッカーも終わらない。

ただし、当事者の立場になった場合、20日という日が試合をできる日であったろうか?

確かにレクレアティーボは意地で勝った。素晴らしい試合をした。

皮肉を言えば、レクレアティーボ側ではなく結果的にはレアル・マドリー側にとって延期にすべき試合だったのかもしれない。

プロの選手、チームである以上、試合を行うという決断が下されれば試合をする義務がある。それが仕事であるから。

もちろん、ファンやソシオが亡くなってその都度試合を延期することはできまい。その都度、「今日は試合をする気分になれない」とは言えまい。

ただ、彼らとて一方で人間。今回の事態に関しては、レクレアティーボを応援するためのペーニャのバスが事故に巻き込まれ、まさにその試合を観戦しようと楽しみにしていたファンが3名亡くなっている。ファンを含めレアクレアティーボのクラブ全体が深く関係し、深い痛みを抱える一日であったにちがいない。

リーガの試合ではよくソシオやクラブ関係者が亡くなった場合、試合前に1分間の黙祷を捧げる光景がみられる。サッカーやそのクラブが人々の生活と深く関わっていることの裏返しであると私は思っている。日本のプロスポーツではあまり目にしたことのない光景かもしれない。それだけ、サッカーが文化として人々の生活に根付いている証拠なのかもしれない。

スペインでフットボールがそういう存在であるならば、今日の決定はどういうことなのだろう。難しい決定だったのはよくわかる。

ただし、試合をした選手も含め、この試合を待ちわび、楽しみにしていた人間は誰一人いないだろう。

人生とサッカーを天秤にかけることはできない。サッカーはあくまでサッカー。人生とは人生。

改めて、亡くなった4名の方々に追悼の意を表明したい。

Comments

ケースは少し異なりますが

ユベントスのユース選手が水死した事件で、
デシャン監督が
『とても試合をする気にはなれない』
と言っていたのを思い出しました。

今回の件ですが、
サッカー協会広報担当の言葉も分からないではありません。
しかしサッカーの、というよりプロスポーツの真髄とは
人の「気持ち」を揺さぶることにあるのではないでしょうか?

それが、カネを取って魅せる価値のあることだと考えれば、
もっと「気持ち」を大事にして欲しかったな。。。

  • [2006/12/21 13:16]
  • URL |
  • 高田ペ・ヨン・純次
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