出版不況とサッカー雑誌

【日本のワールドサッカー専門誌のイメージ写真】
まだまだこの道(記者、ライター)に入って日が浅いとはいえ、やはり自身の仕事に直結することなので気にしざるを得ないのが“出版不況”と呼ばれる時代の変化。
ここ最近、気付けばスポーツ系の雑誌が廃刊になっていたりする…
インターネットの普及によって色々な変化があるため、今後も色々なことが生まれると同時に廃れていくだろう。
自分が一貫している考えは、日本サッカーのためには日本でサッカーに関連するの仕事を増やす必要があるということ。まだまだパイが小さいし、狭き門であることは確か。
プロ選手はもしかすると飽和状態になっているのかもしれないが、指導者にしても本当に“サッカー監督(コーチ)”という仕事で生活していくのは厳しい現状だ。
以前、コラムでも紹介したように代理人の仕事ももっと紹介し、もっと多くの人が目指していい職業だと思う。
サッカーライター、記者、ジャーナリストは選手や監督と違いなろうと決意すればなれるのかもしれないし、ネットで自由に表現できるこの時代、敷居は低いかもしれない。ただ、そこから生活できるレベルに到達するまでは敷居が低いからこそ競争が激しく、厳しい現状だ。
スペインではラジオ、新聞、TV、雑誌、フリーとやはり現場に張り付く番記者が多い。日本でもJリーグにそういう記者は多くなっているのかもしれないが、やはりまだまだ数では負けるだろう。
写真の件でも述べた通り、私が1人2役(3役)をこなしてきた理由は、日本人の仕事を確保するためでもある。
多くのサッカー専門誌、特にワールドサッカー系の雑誌で外国人記者、カメラマンが活躍している。彼らは現地在住だけに色々なメリットを持っている。コネもあるし、日本人の記者やカメラマンを派遣するよりも経費は安くあがるだろう。例え仲介や翻訳者を付けるとしてもだ。
ただ、それではいつまでたっても日本のサッカーのためにならない、と思うから私は自分のためだけではなく頑張る。
別に外国人排斥運動を起したいわけではない。
最終的に日本のサッカー、本当にフットボールを愛する人のためになればいいと思うから現場で活動しているつもりなのだ。
日本のように海外サッカーにこれだけ注目が集まっている国はそう多くはないだろう。日本人選手がいる、いないに関わらず観ようと思えば世界中のサッカーを観ることができる。これは幸せなことであるし、別の言い方をすればそれだけ需要があるということ。
なのに海外サッカーの現場をみてみると日本人選手同様に日本人記者、マスコミが少ない。
需要があるのに日本人がいない
つまりは、外国人に現場を委託しているわけだ。
私はこう考える。
高いレベルの現場をみる機会を日本人は放棄しているのではないか、と。
勿論、敬意を欠くつもりはないし、そういった現場のレベルや雰囲気をしっかりと日本人に伝えてくれる外国人記者、カメラマンは多いと思う。ただ、記事の場合は如何せん翻訳者が入ってしまうのが現状でそうなれば現場の雰囲気、鮮度というのは嫌でも下がってしまうのが通常ではないだろうか。
また、こっちの現場で仕事をしていると客観的に日本のマスコミやサッカーシステムに疑問を持つことも多い。
何度も言うが、基本的に現地のマスコミは選手や監督、サッカー関係者への取材に「ギャラは払わない」。
そして、日本のマスコミはそれをしているという。私はこれまでの取材で一度たりともギャラが生じる取材をしたことがないし、要求されるようならやりたくともやらない理念を持っているのでそれが事実かどうかはわからない。ただ、そういう話しはよく聞く。
現地では「ギャラはいくら?」なんて選手、監督、チームがいれば恐らく取材してもらえない。そうすれば、どうなるか?
必然的にメディアへの露出が減り、人気は落ちる。また、意図的に悪い記事を書かれることもあるだろう。
ラジオでも新聞でもそんなことがあれば、「ギャラを要求されました」「取材拒否されました」と堂々と掲載するに違いない。
また、現地ではそういうシステムで取材が成立しているため、取材にそれ程費用はかからない。するとどうなるか?
「媒体が安く手に入る」
のだ。『マルカ』や『アス』などスペインのスポーツ専門誌はあれだけ情報が濃くインタビューもバンバン掲載されるのに1ユーロだ。(今はユーロ高で高いと感じるが、日本のスポーツ紙と情報の質を比べれば安いと感じるだろう)
スペインで不人気の雑誌も大抵は安い。フルカラーでもそんな高値では絶対に売れない。
何が言いたいかというと、日本メディアは自分たちによって首を絞めてしまっている気がするのだ。
インタビューする選手に高いギャラを払うことは、「=高い経費」につながる。
すると、「=売らなければいけない」のでビッグネーム、ビッグクラブの記事ばかりになる。また、同様に単価が高くなってしまうことも当然ながら推測される。
そうなると、今のような現状だ。
各雑誌でそれぞれ独自のアイディア、戦略は練っているものの、読者にとっては似たり寄ったりな内容ばかりになり、雑誌を手にとらなくなってしまう。
「またこの選手…」「またこのチーム…」
といった具合に。
もちろん、そうはいってもロナウジーニョが出れば、ベッカムが出れば売れるのかもしれない。毎週、毎日彼らの記事が出ても売れるのかもしれない。
スペインでもバルセロナ寄りのスポーツ紙はやはりロニーの写真をトップに使うし、スーペルだってビジャを使う。それはどこでも当たり前だ。
ただ、ほぼ日刊で日本の雑誌以上に情報の濃いスペインのスポーツ紙だからこそそういう現状でもある。スーペルだって、時には第2GKのビュテルが表紙を飾るのだ。(ビュテル、ごめんm(__)m)
日本は確かにリーガもプレミアもカルチョもポルトガルもブンデスも世界中の情報を扱う必要があるし、その都度ネタは豊富だろう。
ただ、日本の雑誌である以上、どこかで我々日本人のアイデンティティーにつながっていなければ、接点がなければピントが外れっぱなしにならないだろうか?
私は常に、「日本人記者」としてその接点を探りながらリーガ・エスパニョーラのサッカーをみている。
今節も、
ビジャレアル対レアル・マドリー戦で取り上げたマルコス
セビージャの新星アルファロ
2人の選手に注目しスポーツナビ内で紹介した。
「彼らのような選手であれば、日本人も真似できるのではないか?」
「彼らのような日本人選手が出てきて、リーガで活躍できるのではないか?」
という目で試合を現場を追っている。
不況で色々な淘汰が起きているからこそ、考え直す時に来ているのではないか。
「別に日本のサッカーなんて興味ない」
「別に日本人記者の記事なんて興味ない」
なんて思う人は、是非、海外に来てもらいたい。外に飛び出してもらいたい。
自分の生まれた国、故郷、そして自分の家族に対して愛情のない人間などどの世界でも尊敬されないのだから。
私が一番尊敬しているのは「両親」だ。はっきり言う。別に「マザコン」と呼べれてもいつも応援してくれる“オカン”が好きだし、まだまだ現役で仕事をしている“オトン”が好きだ。
自分の愛する家族、生まれた国、文化をけなす人間ほど寂しいものだし、人間の本質から外れているような気がする。
私は「日本サッカー」が好きで強くなってもらいたいし、多くの日本人にサッカー、フットボールの面白さを伝えたい。
言葉も国境もない世界、そしてサッカーだからこそ、色々な意味で心の拠り所が必要になってくるのかもしれない。
だから、ワールドカップは盛り上がるのかもしれない。いくらチャンピオンズリーグが最高レベルの大会だとしても…
私は今後もギャラを払うことなしに自分の足で現場で体当たりの勝負を挑んで行きたい。
私にとってこの現場こそが、「ワールドカップ」なのだから。
- [2007/01/30 02:40]
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Comments
日本サッカーが一番好きです
日本人ですから日本サッカーが一番好き。
「Jリーグなんて、レベル低くて見てられない」
という人、
日本サッカーは興味ないけどスペインのサッカーには熱狂的な「日本人」って、
現地の人はどういう目で見るんでしょうね?
僕がスペイン人なら
『興味を持ってもらえて嬉しいけど、あなたの国にはサッカーはないのですか?』
って質問するかも。
別にスペインに限らず、セリエでもプレミアでも同じことではないでしょうか。
伊人や英人は「不思議の国ニッポン」って思うかもしれないし
そう思われても仕方ないかも。。。
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自分自身は数年前まではJリーグはレベル低いから高い海外ばかし見ていてサッカーの底辺の浅さに気づきました。そして何よりも考え方が一方通行になって気がついた点が探せなくなったということもあります。今ではJリーグ1.2、スペインリーグに注目しています。自分の家でテレビ中継されているのがこの二つだからです。そうしてみてみるとスペインで出番が少ない選手でも今のJのチームに加入してきたらプレーが生かされるだけでなくチームを向上させる可能性を秘めているのではないかとかJの選手がスペインに行ったらどうなるかなとか考えたりもします。
私としては一番活躍できる可能性のある選手は川崎フロンターレのジュニーニョだと思います。彼のトップスピードでのトラップからシュートへの体制はチェックがゆるい傾向が強いスペインでは大きな武器になるのではないかと考えます。逆にJに来てほしい外国人はバルセロナのシルビーニョとビジャレアルのタッキナルディーです。彼らは試合時間こそ短いのですが決定的な場面で仕事をこなせる選手です。試合終盤僅差の場面で彼らの動きに注目してみると攻撃へのビルドアップと守備への統率力はチームの底力として活躍しているのではないかと思います。Jリーグでもこうした選手が増えることで色々な場面を通じてサッカーの魅力に迫るのではないかと思います。それに期待したい選手はレイソルの岡山とグランパスの山口慶です。見方の士気を高める前者とどこのポジションでも精力的に動ける後者の凄さにはただ驚くばかりであります。私はこの二人が両チームの上位浮上の鍵になると思います。テレビでは伝わらない陰の活躍ができる二人はサッカー界にとって生きる道の道しるべのシンボル的存在だと思います。
日本代表クラスを取り上げるのもいいのですがそういった選手をもっと取り上げてほしいと思います。
う〜ん、なんかずいぶん独善的な考えだな〜
非常に身に染みる文章でした。
私自身も現在、スペインに住んでおり、スペインサッカーを肌で感じておりますが、小澤さんのおっしゃっていること、日本人として改めて考えさせられました。
またお邪魔させていただきます。
それにしても、ノーギャラというのには驚きました。
それで各スポーツ紙のあの充実ぶりはすごいですね。
日本のシステム、政治であれ、商売であれ、中間に余分なルートができていて無駄にコストがかかることが多いと思います。
利権をステークホルダーが伝統的に手に握っていて自由な競争あるいは新規の参入ができない構造になっていることが原因だと思います。
マスコミも記者と取材対象との間に記者クラブがあり必然的に捏造に近い記事が出回り、新規参入もできない。
こういった、日本社会の封建的システムが現在のマスコミ、もっといえば社会そのものの腐敗や衰退に繋がっていると感じます。
ん。
>自分の愛する家族、生まれた国、文化をけなす人間ほど寂しいものだし、人間の本質から外れているような気がする。
これはちょっと言い過ぎ。
様々な境遇や体験によって
家族や故郷を愛せない人だってたくさんいます。
けなしたり憎んだりすることしかできない人だっています。
それは確かにとても悲しいことだけれど
「人間の本質から外れている」などと表現してしまうのは
幸せ者の傲慢に聞こえます。
もちろん悪意が無いのは分かっているし
全体の内容は全くその通りだと思うんですけどね。
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国を集めた
正式名称はスペイン語で、Espa?a(エスパーニャ)。日本語の表記は、スペイン。漢字で西班牙と表記し、西と略す。ただし、江戸時代以前の日本においては、よりスペイン語の発音に近い''イスパニア''という呼称が用いられていた。スペインは、国王を元首とする王国であるが、
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