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ナバーロの謝罪と改めて思うこと 

暴力行為、やってしまったことは今更弁解の余地はないけれど、すぐに非を認め謝罪をしたことは評価したい。(決してナバーロの行為自体を肯定するものではなく、あくまですぐの謝罪への評価であって勘違いはしてもらいたくない)

バレンシアのナバーロ「全員に謝罪したい」

アジャラからブルディッソの携帯番号を聞いて電話をかけたそうだ。つながらなかったので、SMS(携帯メール)を残し、ブルディッソもそれを受け入れる回答をしてくれたとのこと。

ブルディッソの紳士的な振る舞いに感謝。

普段のナバーロを知っているだけに今回の一件は本当に理解できないし、個人的な感情を述べさせてもらえれば、悲しいものだった。当然、日本の皆さんでこのブログやバレンシアを普段観ていない人にとってはダビド・ナバーロという選手は初めて聞く名前だったかもしれない。

だから、「ブルディッソの鼻を折った暴力的な選手」としてしか印象に残らないだろう。でも、このブログの多くの読者や自分は彼の人柄を知っているだけにショックだった…

勿論、やってしまったことは全て彼の責任で「すみません」では済まないもの。今シーズン終了後、今回の一件を理由にクラブ側から解雇を言い渡されてもおかしくない程の事件を引き起したと思っている。

コメントにもあったようにインテル側、インテルの選手たちの試合中のレイトファールやマリーシア的行動を挙げる人もいるだろうが、自分はだからこそピッチ上で決着をつけてもらいたかった。

勝ったチーム、結果を出すチームが今後のサッカーやサッカー界をけん引していくのだから、インテルというチームにバレンシアが勝つことは色々な意味で価値があると思っていた。

だからこそ、スペイン代表のサッカー(※W杯でフェアプレー賞を獲得)や日本代表のサッカーで世界を圧倒してもらいたいと思っている。

特に日本のサッカーが世界で結果を出せば、その日本的な精神もきっと世界のスタンダードとしてインパクトを残せる。残念ながら結果を残さない以上、世界の人は誰も認めてくれない。

暴力行為をはたらいてしまえばそこで終わり。そこで負け。それはドイツワールドカップ決勝の舞台で全世界の人が目にしたものだろう。

それだけにマルチェナ、ナバーロ、そしてバレンシアを下の記事で責めた。インテルがどうこうではなく手を出したらそこで終わってしまうからだ。

また、別の側面からみると自分は第1戦、2戦の2試合を生で観ている。直感的に思ったのは、インテルの選手はこの第2戦では第1戦のような激しさ、汚さがなかった。

その象徴がマテラッツィではないか、と思う。

第1戦の彼はホームアドバンテージ、主審の笛の傾向も踏まえて巧みに自身のプレーをコントロールしていた。モリエンテスへの肘打ちが故意かどうかは不明だが、第2戦を見終えての感想は、「ホームだからこそ、第1戦だからこそやったんだろうな」というもの。第2戦はアウェーであり彼自身への個人的大ブーイングもあって彼は嫌でも注目されていた。それは審判からの注目も含めてだ。

第2戦、この大乱闘の中、マテラッツィはインテル選手の中で誰よりも冷静な1人だったと言える。トルドやフィーゴらがバレンシアのロッカールームに押しかける中、彼はピッチ上でバレンシアの選手と握手をしていた。(デル・オルノと確かに握手していた映像があった)

たった2戦しかみていないけれど、本当の意味でこういう手段を使いわけ、使いこなせるマテラッツィを私は「日本人には無理な選手」だと認識した。それは理解することも、選手として真似することもできないという意味で。ある意味、凄いことだと思うが、別に評価はしない。

だからこそ、私はリーガやバレンシアというサッカーを追いかけている。

日本ではバレンシアファンからも「CL除外」の声があるようだが、やはり現地ではその声はない。

自分も先日言ったように制裁措置としてバレンシアのCL除外はあっても良いと思う。その時には甘んじて受け入れる必要がある。

ただ、失礼な言い方になるかもしれないがここにいて感じるのはやはり文化の違い、考え方の違いだ。基本、ベースが本当に違う。「連帯責任」という言葉の存在する、しないもあるような気がする。

表現が難しいが、色々な出来事に対して“流し方が上手い”と思う。

1つの出来事、1つの事件で大きく揺らいでしまう、いや揺らがされてしまう面もある我々日本人のような存在とクラブやチームがしっかりベースにある現地の人間とは根本が違う気がしてならない。

多くの日本人にとってナバーロがサッカー界から追放されたとしても、バレンシアをCLから除外しても1つのニュース、事件として終わる。CLという大会、世界最高レベルの大会は残る。客観的に見続けることはできる。

ただ、現地の人はバレンシアを基準にサッカーと向き合っており良い意味でも悪い意味でもバレンシアがなければ始まらない。

何度も指摘してきた現地メディアの甘さだがそれもある意味当たり前のことなのかもしれない。本来、メディアの“公平さ”など存在するのかどうかここスペインにいるとわからなくなってくる。(自分は、「ない」と思っている)

勿論、それによって暴力行為がリーガから無くせなくなっている現状や人種差別的野次の問題など根の深い問題がたくさんころがっている。解決すること、改善させることは山ほどある。臭いものに蓋をしてはいけない。

自分は良い面、悪い面も含めて全てをみるためにここにいる。客観的、中立的立場に立って見続けているだけでは見れないもの、得られないものを得るためだ。勿論、時と場合によって客観的な視点、立場は必要だ。

この暴力行為だけがクローズアップされて、「バレンシアって汚いチームだね」と言われるのは正直悔しい。ただ、それも仕方ない。

恐らく、この試合後の乱闘で本当の意味で日本サッカーのためになるであろう、キケの戦術やインテルの倒し方がピックアップされないだろうから。

台無しにしたのはバレンシアの選手たち。

ただ、ミスを犯すのは人間。犯してしまうのが人間。

今回の一件でここ数日色々と考えた。でも、また認識した。

自分はあの暴力行為は絶対に許さないけれど、ナバーロを温かく見守っていきたいと思う。バレンシアを見守っていきたいと思う。

ミスをどうつなげ選手として、チームとして、そして人間として成長していくのか。

自分はそれを見るために来たのだから。いるのだから。

Comments

マテラッツィの事を日本人には無理な選手と書いていらっしゃいますが、日本にも福西という選手がいるじゃないですか。

隔たり

 インテル側、インテルの選手たちの試合中のレイトファールやマリーシア的行動,バレンシアのアルベルダ・マルチェナの汚く危険なファール・シルバの明らかな故意による肘うち・ビジャの痛くもないのに痛がって審判の様子を伺う救いようのないマリーシア的行動(私はこんなにも汚い行為は見てショックでした)、はっきり言ってどう考えてもバレンシアにフェアプレイ精神などないです。
 もともとマリーシア的行動が一番ひどいのはスペインでしょう。そしてリーガのなかでもアルベルダなどは危険なファールでよくカードを貰っているし、バレンシアというチームはフェアプレイ精神とは程遠いチームだと思います。
 前のインテルとの対戦でもアドリアーノに先に手を出したのはバレンシアの選手でしたからね。
 たしかにインテルのレイトファールもありましたし、去年のビジャレアル戦でのプレイも汚かったです、しかし、バレンシアも十分危険かつ汚いプレーをしていました。そういうところを完全に無視して、インテルが一方的に汚いプレーをしていたかのような表現はフェアじゃないと思います。
 この暴力行為だけがクローズアップされて、「バレンシアって汚いチームだね」と言われるのは正直悔しい。とありますが、元々バレンシアはクリーンなチームなどではありません。
 もう少し物事を客観的かつ平等に見れないのでしょうか?それが残念でなりません。だたの一般人のバレンシアファンならどうでもいいですが、仮にもジャーナリストとして記事を書いている人がこれでは・・・、偏った情報で勘違いする人が出ないことを願います。

サンチョさんのコメントに激しく同意します。イチローさんの記事は大好きでここも楽しみに見ています。バレンシアも好きなチームです。でもバレンシアファンの方々の語る「イタリア」や「インテル」「マテラッツィ」はあまりに悲しくなります。イチローさんはこのサンチョさんのコメントにどんなふうにお感じになるのかと興味深いです。

ファンのリーグ間対立感情

はじめて投稿させていただきます。海外のサッカーはセリエAを中心に見ている者です。

スペイン紙のマルカの記事を翻訳していたものが日本でも読めますが、バレンシア勝利と乱闘を伝える記事の中で、「あのマテラッツィがアジャラに肘打ちを食らわせる。」という文がさりげなく挿入されていました。

僕はテレビで試合を見ていたのですがマテラッツィが悪質な肘打ちをしてるようには見えませんでした。

レアルマドリーに関する記事も必ずといっていいほどカペッロは否定され、カンナバーロはバロンドールに相応しくないと書かれ、エメルソンはイタリアでは賞賛されているのかもしれないが、といった具合です。

不甲斐ない試合で彼らが糾弾されない事は無く、勝利の試合で称えられることもありません。

これは"つまらないカルチョ・汚いカルチョ"を否定するスペインのフットボールに対する考え方ないしはプライドだと思うのでそれを否定するつもりはありません。

そしてスペインサッカーを愛する日本人の評論家やファンが同じようにイタリアのネガティブイメージをアピールする心情も否定しません。

このバレンシアとインテルの試合、1st-legが終わったあと、セリエAを圧倒的首位で独走するインテルをバレンシアが破った(引き分けでしたが)ことを気持ちよく思った方は多かったようです。

沢山のブログを拝見しましたが、”セリエAはレベルが低い””やっぱりマテラッツィが””キケの采配で勝った””バレンシアはインテルと違ってクリーン”など意見は様々でした。

その内の多くの人にとって2nd-legは勝利と言う結果以上に試合後の乱闘に落胆したようです。

しかし中には落胆する記事の中にも”イタリア”を否定することは忘れない方がいらっしゃいます。マルカの記事のようです。

ただ一方的に批判するのではなく褒めること(皮肉の場合も多いですが)も忘れないのでピュアに否定するスペイン人ではなく日本人的といえるかも知れません。

僕はこういったことは「卑怯な正論」だと思います。人の思いに対して卑怯だというのは失礼だと分かっていますしお許し下さい。バレンシアを応援することを否定しているのではもちろんありません。

ただ何故”イタリアの汚さ”を語るのでしょうか。リーガの素晴らしさを伝えるときイタリアを否定しないと成立しないのでしょうか、今回の乱闘行為を伝える時にマテラッツィのプレーを伝えないと真実が伝わらないのでしょうか。

僕は疑問に思います。そして残念です。残念なのはイタリアでの八百長事件や暴力行為について、そしてそのイメージがメディアで利用されていることについてです。

日本のスポーツ新聞は今回の事件を「インテルが大乱闘」と報道しています。

スポーツ新聞なんて、と思いたいのですがスポーツ新聞が味方するのはいつもその時代の波に乗っているものです。その記事が多くの人の感情を牽引します。とても悔しいです。

話がそれますが、カルチョの真の意味での復興を待っています。

この前イングランドではカーリングカップの決勝の試合で乱闘事件がありました。しかしこの乱闘は「互角に渡り合う強い自負」を醸し出し、と表現されています(スポーツナビの東本さんの記事です)。

同じことが週末のミラノダービーで起こったらどう表現されるでしょうか。

スポーツに対する考え方は人それぞれですが、いつも批判される方を応援していると「本当は違うこともあるのに!」と悲しくなってしまうのです。

  • [2007/03/09 15:17]
  • URL |
  • サンチョ
  • [ Edit ]
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謝罪するのなら

社会奉仕など、何らかの活動は必要でしょうね。
勿論、大事なのはその態度ですが。

そしてどれだけ考えても、やはり
バレンシアは、チャンピオンズリーグから除外されるべきです。
ソレール会長やカルボーニSDがあのような発言をしたのは、重大。
暴力肯定と取られても、仕方ないでしょう。

ナバーロよりも、彼らの神経を疑います。
分からせるには、大会から追放する以外にありません。

  • [2007/03/09 09:51]
  • URL |
  • 高田ペ・ヨン・純次
  • [ Edit ]
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