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【全文掲載】「和久井がどういう想いでこのプロジェクトを始めたのかを知ってもらいたい」 池田俊輔(株式会社SOCIO代表取締役)インタビュー 

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 エストニアでプレーする和久井秀俊選手が今夏に向けて新たな被災地支援プロジェクトを企画している。「世界最高の舞台チャンピオンズリーグで被災地のメッセージを発信しよう」を合言葉に、被災地の子供たちをエストニアに招待した上で、和久井選手が所属するJKノーメ・カリュのCL予備予選2回戦のピッチにおいて東北復興のメッセージを世界に向けて発信する内容だ。

 今回、和久井選手のマネージメントを行なっている株式会社SOCIOの池田俊輔・代表取締役にそのプロジェクト企画の概要について話を聞いた。未曾有の大震災から2年が経過し、被災地に対する支援のまなざしが風化する中、和久井選手と池田氏は「世界の目を日本へ、日本の若者を世界へ」という目的に向けて新たなアクションを起こそうとしている。

 このプロジェクトは、UEFA、クラブを巻き込んだ大規模なものとなるが、そのためにも鍵を握るのが資金集めだ。そのツールとして、和久井選手ら主催者側は日本ではまだ浸透していないクラウドファンディングサービス(『READYFOR?』)を用いることにしている。震災直後から仙台市の協力を借りてサッカー教室を開催するなど継続的に被災地支援を続ける和久井選手は、「震災が風化される今、サッカーを通じて再度日本全国へ被災地の現状を、世界に向けて日本の復興のメッセージを発信することがサッカー選手としての私の使命」と語る。

 選手本人へのインタビューではなく、マネージメント側の人間ではあるが、予備予選2回戦であっても「チャンピオンズリーグ」という大舞台で彼らが被災地のために起こそうとするアクションの概要について少し耳を傾けてもらいたい。

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――和久井選手の簡単なプロフィールと人物像について教えて下さい。

池田俊輔氏(以下、池田氏)
 和久井(現JKノーメ・カリュ)は栃木県の鹿沼市という町の出身で、高校時代は鹿沼東高校という、県でベスト8ほどの高校でした。一応、県選抜に選ばれて地元では有名だったのですが、全国的には無名の選手でした。ただ、彼は本当にサッカーが大好きで、その一心で高校卒業後にブラジルに渡り、プロ契約を勝ち取って、そこからプロ生活をスタートしています。そこから、一度アルビレックス新潟に戻ったのですがフィットせず、その時アルビレックス新潟シンガポールの立ち上げの話があったので、「そこでやってみないか」ということになり、アルビレックス新潟シンガポールに移籍しました。

 それ以降は、スロベニア、オーストリア、チェコ、ベラルーシなどを転々としています。彼自身はできるだけサッカー選手として高いレベルでのプレーを望んでおり、チャンピオンズリーグベスト4に入れるチーム、つまり5大リーグの上位のチームでプレーするという目標を掲げています。彼は本当に努力家で、中学校の時にサッカー部がなかったので、自分で生徒会長になってサッカー部を作ったり、高校の時も監督がいなかったので自分でサッカーのビデオを見たり、本を読んだりして研究し、選手兼監督のようなことをしてチームを県のベスト8まで行かせるなど、本当にサッカーが大好きな人間です。また、誰もやらないことに対して自分で一歩進んで道を切り開くという彼の特徴は、スロベニアやオーストリア、チェコ、ベラルーシなどなかなか日本人がプレーしたことのないところ(※ベラルーシでは日本人初のサッカー選手)でプレーした、今の彼のキャリアにも現れていると思います。

――今回、和久井選手が新たに立ち上げた東北支援プロジェクトの概要を教えて下さい。

池田氏
 和久井とは、3年前に彼のブログで知り合いました。ちょうど彼がマネージメント会社を変えようと考え、手伝ってくれる人を探しており、そこで私がサポートを始めることになりました。当時の彼は、FKミンスクというベラルーシのチームにいたのですが、そこで彼をどうやってプロモーションしていこうかと考えた時に、まずそのチームと関係のある日本の都市はないかと調べてみました。すると、仙台市がたまたまミンスク市と姉妹都市関係で、そこで仙台市の方に「友好イベントをやりませんか?」と企画を持ちかけたのが最初でした。それが3年前の12月です。

 そこからサッカー教室などを通して仙台市と関係ができていたのですが、東日本大震災が起こり、そういった関係もあったので「何かできませんか?」と提案し、震災の年の12月に色々なところからスポンサーや物資などを集めて、サッカー教室をやるというイベントを行ないました。あと、Tシャツを作って、その売り上げを仙台市に寄付しました。そういった自分たちでできる範囲の小さいことをコツコツとやっていたのですが、今回彼がチャンピオンズリーグに出場するにあたり、「せっかくの機会なので、その試合に子供たちを招待できないか?」というところから話が始まりました。

「では、誰を招待するのか?」ということに関しては、今震災も風化されようという中、せっかく仙台市と良い関係を作っているのだから、一回相談してみようと仙台市に話を持ちかけました。そうすると、仙台市側から「お金を作って呼んでいただけるなら、是非やりたい」と言っていただきました。そういったことがきっかけで今回のプロジェクトを始めるに到りました。

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――具体的にどういうことをするのですか?

池田氏
 当初の企画としては、彼のチャンピオンズリーグ予備予選のホームゲームで日本から招待した子供たちと一緒に入場し、皆が並んで記念撮影を撮る際に、スポンサーに入って頂いた会社などを載せた日本の国旗に東北へのメッセージを書き、メッセージを伝えるというのが1つです。そして、翌日に彼が所属するJKノーメ・カリュ(エストニア)というチームのジュニアユースと試合をしたいと考えていたのですが、試合をするとなると13〜15人分の渡航費がかかってしまうので、現実的に考え、最低でも3人ぐらいで練習参加し、経験を積んでもらおうという内容で企画しています。

――つまり、チームを連れて行くというよりも、選手3人+大人2人程度の招待を考えていると?

池田氏
 はい。選手3人プラス、コーチ1人、事務局として私を含む5人が最低ラインです。金額に応じて人数を増やしていきたいと考えています。

――和久井選手は、どのようにしてスロベニア、チェコ、ベラルーシといった国のクラブを探しているのですか?

池田氏
 基本的に交渉は自分でやり、チームメイトや自分の情報でクラブを探しています。ですから、エージェントもずっと付けていませんでした。ただ、その中で色々と騙されたりすることもあったらしく、あとは年齢という選手生命のことを考えた時に「このまま自力だけではまずい」ということで、チェコでプレーしている2009年くらいから、元々友人だったイタリア人や紹介してもらったスロベニア人など何人かのエージェントを通じて、移籍交渉をするようになっています。

――ポジションは?

池田氏
 FWもしくはトップ下でプレーしています。今のチームではボランチなどもやっています。

――プレーの特徴やストロングポイントは?

池田氏
 判断の速さとフィジカル、体幹の強さです。中学時代からそうですが、彼は独学でトレーニングメソッドを勉強してきました。長友選手などで数年前から注目されている体幹トレーニングもいち早く取り入れ、海外でも1対1で絶対に負けません。あとは、彼はポルトガル語、英語、スロベニア語、オーストリア語などの語学が堪能です。ですから、チームの中でコミュニケーションを取るのがすごく上手いですね。今まで日本人が海外でなかなか活躍できない要因として、語学があったと思うのですが、彼はそこの協調性というか順応性において語学が大事だということを証明しているのではないかと思っています。

――人として尊敬できる選手なのでしょうね?

池田氏
 そうですね。本当にブレないというか、強い芯を持ったナイスガイです。あと、彼のリーダーシップに関して面白い話があります。今のチームは急成長してきたチームで国外からの補強によってエストニアでは珍しく多国籍な人種が混在するチームです。昨シーズンの序盤、決してうまくいっていなかったチームに対し、彼がチーム内のフェイスブックページを作成しそこで意見交換の場を作りました。そこでチームメイト全員がオフザッピッチでも言いたいことを言い合える環境を作り、リアルでもチーム内のコミュニケーションが増えてチームとして団結したという話です。

 彼が講演などで子供たちに対していつも言っている言葉があります。それは、「子供たちにできるだけ多くの選択肢を持ってほしい」ということです。世の中には正解のないことがたくさんありますが、そこで自分で判断できる、自立した人間になるためにその判断材料となる選択肢をたくさん持ってもらいたいと考えています。

 彼は日本人がプレーしたことのない、もしくは日本人があまりいない環境でプロのサッカー選手としてたくさんの壁を乗り越えてきました。フェイスブックページの話も、今回のプロジェクトもサッカー選手としては前例のないことだと思いますが、そうやって信念を持って新しいことにチャレンジし続ける彼を是非とも応援して下さい。

――ちなみに、シーズンオフは日本に帰ってくるのですか?

池田氏
 はい、帰ってきます。今年も1月頭までいたのですが、基本的に11月末から12月末ぐらいまで日本にいます。

――エストニアは、欧州の主要リーグとは少し違うシーズン期間なのですね?

池田氏
 はい。エストニアリーグが3月から始まるので、Jリーグと同じになります。

――エストニアは、どういう国なのですか?

池田氏
 良いところを挙げると、自然が豊かで女性が綺麗ですね。あとはITがすごく発達しています。Skypeもエストニアが発祥ですからね。マイナス面は、めちゃくちゃ寒いことです(苦笑)。マイナス30度ぐらいまで下がります。

――彼のクラブは、昨年リーグチャンピオン、ないし上位に入り、今夏のCL予備戦に出場するということですね?

池田氏
 そうです。一昨年は2位だったのですが、去年はリーグ優勝しました。一応、彼はエストニアリーグでベストMFに2年連続で選ばれています。

――日程はまだ決まっていないのですか?

池田氏
 はい。まだ決まっていません。

――チャンピオンズリーグという舞台で、UEFAも含めて今回の企画にゴーサインが出ているというのはすごいことですが、なぜ許可されたのでしょう?

池田氏
 和久井の所属するチームの会長が実業家の方で、以前も震災があった時に、選手全員に喪章をつけて試合をさせてくれたりして、そういったことに協力的な人なのです。今回の企画についても、クラブとしては問題なくOKを出してくれました。

――このプロジェクトのポイントというのが、クラウドファンディングを使っていることだと思います。私も含めてその仕組みは馴染みがないので、どういう形で資金を集めるのか教えてもらえますか?

池田氏
 クラウドファンディングというサービス自体が、プロジェクトに共感して、各支援金額に応じた引換券を購入することで支援が可能となる仕組みで、プロジェクトは募集期間中で目標支援金額に到達した場合のみ成立し、到達しなかった場合、資金は支援者に全額返金されます。

 アメリカではすごく流行りまして、それを日本に持ってきた形が今いくつか始まっています。やはり、マイナースポーツや日の当たらない人たちが「何かをやりたい、何かを起こしたい」となった時に、そのプロジェクトを成功させるためのすごく良い仕組みだなと感じています。

――今回のプロジェクトで用いるクラウドファンディングサービスの『READYFOR?(レディーフォー)』について教えて下さい。

池田氏
 『READYFOR?(レディーフォー)』は、2年前(2011年3月29日リリース)からあるのですが、代表の米良さんから和久井に連絡があり何かプロジェクトを作ってくれないかというのがきっかけで(和久井に確認したところそういう流れでした)、それで今回はこのサービスを使うことになりました。

――具体的にどれくらいの金額からこのプロジェクトに参加できるのですか?

池田氏
 一番小さい額が3千円で、それに対してのリターンという形で和久井と参加した子供たちからサンクスレターという手紙を送らせていただきます。その次の額が1万5千円で、1枚売れる毎に500円寄付するという彼が復興支援のために作ったTシャツがあるのですが、そのTシャツに和久井のサインを入れて、それとサンクスレターと現地の活動の様子を録ったDVDを付けてお送りします。

 次が3万円で彼のサイン入りユニフォーム、サンクスレター、DVDを送ります。それ以降は5万、10万、50万、80万円と金額が上がりまして、報告会の参加権や講演会の開催、復興を発信するためのエストニアへのツアー同行などがリターンに含まれていきます。

――3千円から参加できるというのは素晴らしいですね。

池田氏
 そうですね。本当にそういう気持ちで参加できるので、是非とも多くの人に賛同していただきたいなと思います。

――この企画の主催者として、このプロジェクトをどのようにして成功させていきたいですか?

池田氏
 まずは、海外でプレーしている和久井という選手がいることを知っていただくこと。そして、彼がどういう想いを持って、海外から日本をどのように見てこのプロジェクトを始めたのかを知ってもらいたいと思っています。その考えに賛同してもらえる方を本当に1人でも多く集めたいので、是非ともこれをきっかけにたくさんの方に知ってもらい、ご協力頂けたらと考えています。

<了>

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■支援についての詳細(募集締切:5月19日)
https://readyfor.jp/projects/touhokufukkou

【プロフィール】和久井秀俊(わくい・ひでとし)
1983年生まれ。栃木県鹿沼市出身。高校卒業後、単身ブラジルに渡り、過酷な環境の中でプロ選手の夢をつかむ。日本帰国後はアルビレックス新潟にてプレーを経験し、再び海外に渡る。シンガポール、スロベニア、オーストリア、チェコ、ベラルーシと渡り歩き2011年シーズンはエストニアリーグのJK NOMME KALJU(ジェイケイ・ノーメ・カリュ)に所属し2年連続リーグベストMFおよび、ヨーロッパリーグに予備予選への出場を果たしている。

和久井秀俊オフィシャルブログ『海外サッカー選手のホンネ』
http://ameblo.jp/hidetoshi-wakui/entry-11522686221.html

「出来上がった料理だけを見て論じても意味がない」 バルサという料理の作り方  浜田満氏(株式会社Amazing Sports Lab Japan代表取締役)インタビュー @ichiroozawa 

写真提供:株式会社カンゼン

 
 昨年12月に株式会社カンゼンより刊行された『FCバルセロナの人材獲得術と育成メソッドのすべて チャビのクローンを生み出すことは可能なのか』は、スペイン国内、そしてバルセロナで活動するジャーナリストとして最も高い評価を受けるマルティ・ペラルナウ氏の『Senda de campeones: De La Masia al Camp Nou』を日本語訳したものである。この書籍を現地スペインで見つけ、監修・訳者として日本での出版まで尽力したのが株式会社Amazing Sports Lab Japanで代表取締役を務める浜田満氏だ。
 
 FCバルセロナのみならず、ミランやアーセナル、ユベントスなど欧州ビッグクラブのライセンスビジネス、マーケティングに携わり多忙な毎日を送る浜田氏には、現在好評発売中の『フットボールサミット第12回 FCバルセロナはまだ進化するのか?』向けにインタビューさせて頂いた。そのインタビューの一部を今回、当メルマガで掲載する許可を頂いた。
 
 『FCバルセロナの人材獲得術と育成メソッドのすべて』は私もすでに読み終わっているが、一言感想を言わせてもらうと「ここまでバルサの育成について深く記述した本に出会ったのは初めて!」というもの。今やカンテラでさえ取材規制が厳しいバルセロナにおいて、カンテラの現状やスカウトシステムとスカウティングポイント、それから育成メソッドに至るまでここまで詳細に取材できるジャーナリストは間違いなく、ペラルナウ氏しかいない。
 
 少なくとも、日本サッカーにおいて育成に関心がある者、関わりのある者は必ず読むべき必読書であり、私はこの本を単なる書籍に留まらず“教科書”的価値を持つ育成本、バルサ本だと認識している。個人的に“超”お薦めの本であるので、まだの方はぜひ。
 
 
 《参考リンク》
 FCバルセロナの人材獲得術と育成メソッドのすべて
 http://jr-soccer-shop.jp/products/detail.php?product_id=199
 
 フットボールサミット第12回 FCバルセロナはまだ進化するのか?
 http://jr-soccer-shop.jp/products/detail.php?product_id=908
 
 
 【プロフィール】浜田満(はまだ・みつる)
 1975年奈良県生まれ。(株)Amazing Sports Lab Japan代表取締役。関西外国語大学スペイン語学科卒業。自身も高校時代までサッカーに打ち込む。現在はスペイン、イタリア、英語の三か国語を操り、FCバルセロナ、ACミラン、アーセナル、ユベントスなどの欧州ビッグクラブのライセンスビジネスやマーケティングに携わる。久保建英君のマネジメント業務をはじめ、サッカーサービス社と指導者クリニック、選手コンサルティングを行うなど、現在は選手育成業務に力を入れている。著書に『サッカービジネスほど素敵な仕事はない』(出版芸術社)、監修に『バルサ選手のジュニア時代 家族の愛に支えられ夢を叶えた者たち』(カンゼン)など。
 
 
――原書に興味を持ったきっかけは?
 
浜田氏 久保(健英)君がバルサの入団テストに合格した時、カンテラに関する情報が全くなかったことです。過去のバルサの情報は戦術やカンテラに関する記述はありますが、契約が何年なのか、どこまで面倒を見てくれるのか、そういった情報が全くありませんでした。それを探している時に見つけたのがこの本です。他のものと比べても格段に深い記述があり、すぐに惹き込まれました。これはもっと広く世に知らせるべきものだと感じ、1年半かけて翻訳、出版しました。
 
――著者であるジャーナリストのマルティ・ペラルナウ氏は、なぜここまでバルサと深い関係を持つことができたのでしょうか?
 
浜田氏 ひとつは、(ジャーナリストとして)高い評価を得ていることです。聞くところによると本当に良く勉強しているようで、バルサはバルサのサッカーを知っている人間を受け入れる傾向があります。さらに、彼自身が五輪出場経験もあるアスリートであること。それによって、バルサの人脈や信頼を得られたのでしょう。彼はすごく頭のいい人間で、書く文章も考えが巡っていると感じさせるものです。ただ、原書では個人情報がかなり開示されており、それが原因で地元ではこの本に賛否両論あったようです。
 
――確かにここまで赤裸々な情報を網羅している書籍に出会ったのは初めてです。バルサBの選手の給料など、初めて見聞きする内容、情報ばかりでした。
 
浜田氏 そういった内容がスペインで発表され、公になっていたので、日本でもぜひ、と思いました。その意味で賛否両論あったのは理解できます。日本人は戦術ばかりにフォーカスを当てますが、私はあまり好きではありません。例えばバルセロナでも今のトップの戦術、サッカーに行き着くまでにとてつもない積み重ねがあり、トップの出来上がった料理だけを見て論じても意味がないと思うからです。
 
 素材を調達するところから全部見た上で最後の料理を見るべきではないでしょうか?出来上がった料理を食べても「おいしい」としか言えませんし、素材の調達方法、料理の過程などを見る意味でもこの本は一助になると思います。
 
――原書で特に面白かった内容は?
 
浜田氏 バルサがセスクのようなケース、プレミアへの選手流出を防ぐために採っている対策について記述している部分があり、それは面白かったですね。法的な対策はできないので、選手に「バルセロナから出たくない」と思わせるのです。
 
 何をするかというと、選手に対して何かを提供するのではなく、“バルサにいること”の価値を提供しています。それに高い価値を与えることで、チャビのように選手を長く留めています。バルサがバルサという価値を高めようとしているのは必要なことだからであって、それはこの本を読めば非常に良くわかります。
 
――15歳のセスクに対してアーセナルはどのようなオファーを出したのですか?
 
浜田氏 トップチームでのデビューまでを確約したオファーです。また、バルセロナからロンドンへの移動はファーストクラスで、契約には家族のチケット手配も含まれていました。他にも様々ありますが、内容を見ればアーセナル行きに気持ちが傾くことも普通に理解できる内容です。スペインではプロ契約は16歳から、お金を積まれてしまえばイングランドのクラブに対抗できません。
 
 しかし、それをいかに食い止めるのか、恨み節ではなく「バルサでプレーしたい」と選手に思わせる教育をバルサは施しています。メッシ、チャビ、イニエスタなど、ピッチ外でも問題の少ない、ふるまいの大人な選手が多いのが今のチームです。しかし、それは偶然ではなくバルサが良い人格になるような教育を一貫して与えてきたからこそ、彼らのような選手が出てきたのです。
 
 最初から謙虚な選手を集めたわけではなく、バルサがそういった教育を与え、それにフィットした選手たちがあのレベルまで登り詰めたということなのです。成長過程で遊びやお金に目がくらんでしまうような選手は、おそらく途中で消えてしまいます。だから、もしイブラヒモビッチがバルサのカンテラでサッカーを始めていれば、全く違ったタイプの選手になっていたかもしれません(笑)。
 
 バルサの厳しい教育を見ていると、どれだけ尖った選手でも丸くならざるを得ないという印象を抱きます。悪い意味ではなく、論理的にも筋が通っていて、誰が聞いても正しいことを言っていますから当然なのかもしれません。
 
――バルサのカンテラの選手たちはどんな1日を送っているのですか?
 
浜田氏 午前中は学校に行きます。ラ・マシア(選手寮)から行く子はバスに乗って、実家暮らしの子は実家から通います。彼らはスポーツコースなので13時に授業が終わり、そこから全員がクラブバスでマシアに戻ります。学校は中学校までクラブが提携する私立学校です。マシアに戻って全員で昼食をとり、自由時間を挟んでからトレーニング、トレーニングが終われば実家組は各自で帰宅、マシア組は寮に帰ります。
 
 練習時間は19時から20時30分、フベニール(U-19)になると午前練もあるようですが、それ以下のカテゴリーは夜に1時間半くらいのトレーニングです。アレビン(U-12)までは週3回の練習、インファンティル(U-14)は3回か4回で、カデテ(U-16)からは4回になります。練習のない日でも選手たちは学校の後マシアに集まり、マシアで補講を受けてから帰宅します。中には実家からタクシーで片道2時間かけて通う子もいるようです。
 
――バルサのカンテラでは、年間1万人近い選手を観察し、そこから50人を選抜するスカウト網を構築しているということも記載されていました。
 
浜田氏 選手からの売り込み映像もかなりの数が届いているはずですが、実際に目で見るのがやはりベストのようです。バルサの育成には20人ほどのスカウトがいますが、カタルーニャの試合だけでも全てチェックしようと思ったらマンパワーが足りません。そのため、各カテゴリーのコーチたちがよく試合を見に行っているようです。
 
 対戦相手のチェックはもちろん、翌年の補強候補も定めています。各監督も自らのチームの補強ポイントを把握しているので、そこにフィットする選手を自分で探し、スカウトに情報を届けます。つまり、バルサの場合は単純にいい選手だからといってカンテラに入れるわけではなく、そのチームにおいて補強ポジションとなっているかどうかなどの要素も関わってきます。
 
――長年バルサやスペインの育成メソッドと関わりを持つ浜田さんから見て、日本の育成の改善点は?
 
浜田氏 トレーニングにはより実戦に近い形でトレーニングを行うグローバルメソッドと反復練習がメインであるアナリティックメソッドの2種類があり、日本はアナリティックトレーニングに偏っていると言われています。バランスを整えるためにも、もう少しグローバルトレーニングに取り組む必要があるでしょう。
 
 しかし、これを言うと今度はグローバルトレーニングばかりとなってしまいますから、バランスが必要です。スペインは週3回、1時間半のトレーニングですが、日本は週4~5回練習するチームも多いです。ならば、週3回はグローバルトレーニング、残りの1~2回をアナリティックというように、日本に足りていないところを加えつつ、今の練習環境を維持するやり方がいいのではないでしょうか。特に、12歳までは個人戦術の基本的な考え方、足元の技術、絶対に必要になってくるベーシックな部分を身に付ける必要があります。
 
――最後に、葛飾区で開催されることになったバルサキャンプについてお聞かせください。
 
浜田氏 元々東京でスクールを開きたいという話がずっとあったのですが、なかなか実現できずにいました。そこで葛飾区と話をする機会があり交渉を続けていましたが、以前FCバルセロナのコーチが来ていないにも関わらず、FCバルセロナキャンプとうたったようなキャンプがあったためにFCバルセロナ側が慎重になっていました。
 
 そこで、今回FCバルセロナは1年間かけてFCバルセロナキャンプを行い、その評価を見た上で東京でのスクールを決定するという形になっています。是非ともキャンプを成功させ、スクールを実現させられればと思います。
 
 <了>

「私がフリーのサッカーライターを辞めた訳」(後編) 永田淳氏(元フリーランス/サッカーライター) インタビュー 

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第138号(2013年04月19日配信号)より抜粋※





写真提供:サッカージャーナリスト養成講座



<前編より続き>

――永田さんもメルマガを発行していましたが、永田さんくらいにライターとしての地位を築いていても運営は厳しいものですか?

永田 長く続けていけば読者も増えたかもしれません。しかし、いざ始めてみると「クラブに迷惑をかけた」ということで、考えていた形で続けることをNGとされてしまいました。私自身が伝えたかったものができず、クラブに気を遣って出すのであれば意義がないと感じたので、支持してくださった読者の方々には申し訳なかったですが、辞めることになりました。

――永田さんはメルマガの使い方をどのように思っていますか?

永田 会社から原稿料をもらって書く場合と違い、ニーズが違って書けないものを書く場所としては適していると思います。クラブのサポーターは、応援するクラブが好きになればなるほどよりディープな情報を欲するようになると思います。ですから、その需要と供給をつなぐコンテンツになり得ます。

例えば、「試合に出ていない若手選手がどんなプレーをしていて、何を考えているか」といったことは、メジャーな媒体での掲載は難しいですが、それを求めているニッチな層も必ずいるわけですから、そういった情報を発信していくにはメルマガは適していると思います。また、文章の量をそれほど気にしなくて良いので、対象クラブに関する大量の情報を配信することができます。そういう意味で、メルマガ運営時は他の媒体を圧倒する情報を提供できていたと自負しています。

――メルマガを休刊するときには読者からの反響も大きかったのでは?

永田 関東をはじめとした遠方のサポーター、普段練習を見られない方からは残念だという声をいただきました。クラブの考え方次第でどうにでもなる部分もあるので、難しいところです。クラブからNGが出ると、それに関連して他の内容まで飛び火することもあり得ますから。

――関西のスポーツ新聞では、Jリーグの情報はどれほど露出しているのでしょうか?

永田 ガンバには毎日のように記者がいました。J1になると、毎日記者が取材していましたから、それなりに取り上げられていました。やはり代表選手がいると扱いは大きくなりますね。ただ、チームの顔となる選手以外の情報についてはほとんど出てこないのが現状です。

サッカー専門誌についても思うことですが、今はJリーグクラブのサポーターの欲求を満たす媒体が本当に少ないのではないでしょうか。書店では、自分の好きなクラブ絡みの記事だけ立ち読みして、買わずに本棚に戻してしまうという光景をよく目にします。万遍なく網羅するのは読者からすればありがたいことですが、どんどんコアになっているファンの視点とはズレがあるのかなと思います。

――永田さんが注目するJリーグライターはどなたですか?

永田 島崎(英純)さんですね。彼の記事は読んでいてすごいと思います。浦和レッズに関する記事は誰にも負けませんし、サッカーだけでなく選手の内部までかなりの事情を把握していると思います。ピッチ内外の両面であそこまで深く入り込めるのは本当にすごいことです。

――Jリーグで働いている人はそれまでもサッカーの仕事をしてきた人たちなのでしょうか?

永田 バラバラだと思います。取材していたヴィッセルは特にそうでした。社長も全く異業種の人でしたから。

――Jクラブのゴタゴタを目撃してきたと思いますが、サッカーの知識もあり経営の能力もあるという人材が不足しているのでは?

永田 選手のことを考えると、やはり知識が豊富な人にいてもらった方が安心できると思います。元選手で色々な経験を積み、良い形でそれをクラブに還元できる人材が欲しいですね。例えば、宮本恒靖さんです。彼が帰ってきたときにどういった効果が現れるのか、非常に楽しみです。それで経営が上手くいくかはまた別問題ですが、そういったことがあって成熟していくと思います。

――出向社長はどのクラブにとっても厳しいでしょう。

永田 出向社長も、本社の方で本当に優秀な人材であれば派遣されないでしょう。扱いに困る人間がサッカークラブに派遣されていると考えると、いろいろと納得できることもあります。元々サッカー経験があったり、スポーツビジネスに詳しい人物でない限り、将来の幹部候補であれば本業に近いところに置いておこうと考えられるでしょうから。

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第138号(2013年04月19日配信号)より抜粋※


「私がフリーのサッカーライターを辞めた訳」(前編) 永田淳氏(元フリーランス/サッカーライター) インタビュー @ichiroozawa 

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第137号(2013年04月11日配信号)より抜粋※

 編集部・澤山です。今週と来週にわたり、小澤一郎による元フリーライター・永田淳氏のインタビューをお送りします。
 
 永田氏はエル・ゴラッソ契約ライター、Goal.com副編集長としての仕事を始め多くの媒体で執筆実績を持ち、私から見るといわば「売れっ子」の範疇に入る実力者に見えました。しかし、そんな永田氏が昨年10月、6年半のフリーライター生活にピリオドを打ちました。
 
 これほどの実績を持つ永田氏が、フリーライターからの引退を決意した理由は何か? その理由を聞くに、単なる出版不況だけではないさまざまな要因があることがわかり、同じフリーランスの末席を汚すものとして身につまされるものがあります。それでは、どうぞご覧ください。






(c)Ichiro Ozawa



――サッカーライターを辞めるきっかけは何だったのでしょう?

永田淳(以下、永田) 簡単に言うと、将来的なことを考えてです。子どもが生まれ、このままの状況ではどうかと考えるようになりました。もちろん、可能性は無限にある職業で、これからあらゆる方向に転がっていくことが考えられます。


 しかし、現状を見ると、目の前を生活していく分には問題ないにしても、子どもが成長してお金が必要になってくると厳しいのではないかと思いました。家族とも相談し、まずはフリーで活動することを辞め、同じような仕事をやるにしてもどこかに所属してやることにしようと話しました。

――フリーで活動し始めて何年目での決断なのでしょうか?

永田 新卒で会社に就職し、そこを辞めたのが2006年の9月なので、6年半ほどですね。キャリアとしては会社員時代から並行していた時期もあったので、それも考えるとほぼ7年でしょうか。

――「フリーランスとしてやりきった」という手応えを残して辞めるのですか?

永田 やりきった感はないですね。ワールドカップの取材もしていないので。本当にさまざまなことにチャレンジさせていただいたとは思っていますが、「やりきった」とは言えません。あくまで自分と家族の将来を考えての決断です。

――フリーランスを辞めることを考え始めたのはいつ頃ですか?

永田 一人の社会人として考えた時に、ビジネスマンとしてのスキル、経験を積んでおく必要があるという薄々感じていたことはありました。フリーランスとしての活動でももちろん成長はできるのですが、去年の春から夏くらいに、会社員としてもう一度ビジネスに関わることも考え始めていました。もう一つは家族です。家を買うにしても、フリーのままではローンを組むことも簡単ではないですし、いろいろと負担が出てくるなと。一度組んでしまえばまたフリーに戻ることもできますし、万が一私の身に何かあっても家族は暮らせるので(苦笑)。

 最終的に決めたのは去年の10月です。去年の仕事の選び方を失敗したということもあります。先方からは他と並行しながら取り組めばいいと言われていましたが、実際に始めてみると別の仕事に手が回らない時期があり、そこで今の仕事に疑問を感じ始めました。

――6年半フリーランスで働いてみて、フリーランスのメリットとデメリットを教えてください。

永田 サッカーライターという職業自体はとてつもなく面白いと思います。自分でもサッカーが好きで、見たものを選手や監督に実際に聞けて、それを人に伝えられる。これはすごく楽しいですし、経験を積めば積むほど多くの選手、関係者と知り合い、仕事の幅も広がっていきます。私は環境的にも恵まれていました。はじめはエル・ゴラッソの契約記者という形でスタートし、そこから色々と広げることができました。

 難しいと感じたところは、フリーになれば毎月収入が違うところでしょうか。独り身ならまだしも、家族を持つとそれが不安になることもあります。例えばJリーグや日本代表のアウエーに取材に行くとなると、遠征費は基本的に自腹です。今までは自分で行ってその分他のところで節約すれば済む問題でしたが、嫁には言いづらくなったりもしました(笑)。経費も自分持ちということはその分の収入も必要になるので、カバーするのは簡単ではありません。

――結婚したのはフリーになった後ですか?

永田 そうですね。フリーになってからです。2009年3月に結婚し、子どもが生まれたのが2010年11月です。

――私も去年入籍し、6月に子どもが生まれることになりました。劇的な環境の変化は私も体感しているところです。フットワークも「重くなる」とまでは言いませんが、やはり慎重にならざるを得ません。

永田 結婚しない方が良かったとは絶対にいいませんし、子どもにも恵まれて幸せです。ただ、それなりの稼ぎがなければ支えていくのは難しいと思います。

――今後の職種はどういったものになるのですか?

永田 商社に勤務します。以前働いていた会社でもう一度お世話になることになりました。

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第137号(2013年04月11日配信号)より抜粋※

「怒られまい」とプレーする子供たち 強豪・新座片山FCの現状 @ichiroozawa 

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第136号(2013年04月04日配信号)より抜粋※

 先週末に駒沢オリンピック公園で行なわれたダノンネーションズカップ2013決勝大会は、横浜F・マリノスプライマリーが優勝し、ロンドンで開催される世界大会の出場権を獲得した。決勝大会の取材には行けなかったが、24日に同会場で行なわれた東京会場予選の取材に行ってきた。

 取材目的は、『ジュニアサッカーを応援しよう!』の連載第1回で取り上げた埼玉県の街クラブ、新座片山FC少年団(以下、新座片山)の試合での様子を見るため。新座片山と言えば、周知の通り昨年8月に開催された第36回全日本少年サッカー大会で16年ぶり2度目の優勝を飾った小学生年代、第4種の「日本一」チーム。また、このご時世でも罰走、げんこつ当たり前の厳しい指導でも名を馳せるクラブだ。

 4チームによるグループリーグを難なく首位通過した新座片山だが、決勝トーナメント1回戦ではチャンスがありながらも得点できず、スコアレスドローからのPK戦で敗れてあっさり敗退したため、決勝大会進出すら叶わなかった。今大会でも新座片山のサッカーは際立っており、現代サッカーに逆行するようなロングボールとロングスローを多用するフィジカル重視のゴリゴリサッカー。

 特に、ハーフコートを超えたスローインは全てロングスローに終始し、新小学6年生にしては高身長のDFの選手を前線に上げ、その選手の頭めがけてひたすら放り込みを続けていた。確かに、この年代ではその攻撃が威力を発揮し、コーナーキックを含めてグループリーグではターゲットマンがバックヘッドですらしたボールやこぼれ球からの得点が多かったのだが、新座片山にPK勝ちしたチーム(Refino)はとにかくゴール前を固め、セカンドボールへの意識も強く何とか守りきった。

 「それもサッカーの一つ」と言ってしまえば確かにそうかもしれないが、個人的に新座片山のサッカーは「もったいない」の一言にしか映らなかった。前線にはスピード溢れるフォワードがいて、得意のドリブルのみならず決定力もある。彼の足元に丁寧なパスを付ければより怖さと厚みのある攻撃ができるところを、みすみす自陣からのロングボールでボール支配率を落としてしまう。

 ざっくり言うなら、「ちゃんとサッカーをしていれば相当強いチーム」なのだが、小学生年代で重要な「将来的ベースとなる」テクニックや戦術を度外視した場当たり的フィジカルサッカーで自分たちの能力、ポテンシャルを半減させるようなサッカーに終始していた。

 ただ、新座片山のコーチ陣からすれば、そのサッカーで昨年は街クラブながらJ下部の強豪チームを退けて日本一を獲得し、長年「強豪街クラブ」として全国に名を轟かせているだけにこの非科学的な指導法から脱却できないのであろう。実際、このダノンカップでの敗戦を受けて、代表である川原嘉雄氏が同クラブのHP上にある『鬼平「げんこつ」のつぶやき』という日記においてこのようなことを書いている。


 「ダノン、東京予選で負けてしまった。PK戦負けだが、負けは負けである。言い訳になってしまうが、今年のチーム、あまりに勝負運がない。実力はある。昨年の6年生のような絶対的エースはいないが、個々の運動能力は高い、チーム全体の力も昨年より上である。

 ところが、大事な勝負になると勝てない。新人戦の時も内容は悪くなかったが、結果、PK戦で負け、今回も試合内容は決して悪くない。こんな言い方は私らしくないが、新人戦も今回も負けた気がしない。PK戦と言え負けは負けで、結果を認めなければならないが、どうも気持ちが、不快である。あまりの運のなさに言い訳じみたことを書いてしまった。みっともない」(2013/03/26の日記、『負け神』より引用)



 続く28日の日記では、春の長距離遠征に向けてこうした内容を述べている。


 「片山が一番大事とする根性、古臭くて時代に合わない言葉だが、スポーツは最後まであきらめないで頑張ること、即ち、頑張る根性なくして勝負は勝てないである。この根性を身に付けるため、片山は練習でも、試合でも、試合の途中でも、終わった後でも、走って、走って、走りまくる。

 それを罰走と捉える保護者もいる。また訳の分らんチームの指導者も、ここぞとばかり批判している者もいる。どこが悪かったのか反省しながら走る。罰走と思いたければ、思えばいい。反省なくして成長はない。持久力も付けば、体力も付く、根性も付く、こんないい運動は他にない」(2013/03/28の日記、『うふ』より引用)



小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」第136号(2013年04月04日配信号)より抜粋※

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